薬剤師とがんサバイバーの本音トーク!第2回!

第1回はこちらです!

「薬剤師が聞きたいこと、言いにくいこと」その時の「患者の気持ち」

手術について

川井:今回は、手術や入院中のお見舞い等に関してお伺いしていこうかと思います。
まず、卵巣がんと診断されるまでの経緯を教えて下さい。

すずき:はい。私の場合は腰痛が酷くて整形外科をはじめ、何件も何件も病院をはしごしてやっと婦人科にたどり着いたのですが、その小さなクリニックで超音波検査をして大きな病院で手術してくださいと言われました。

川井:手術をした医師からは、何と言われましたか?

すずき:「右の卵巣が腫れています。開腹しないと良性か悪性かわからないし、手術で摘出する範囲も右の卵巣だけなのか、両方なのか、全摘なのかもわかりません」と言われました。
画像所見とマーカーの数値で悪性であることは覚悟していましたし、雰囲気で悪性だろうなと思っていました。
お医者さんはそこら辺の事ははっきり言ってくれませんよね。
でも、もう表情で分かってしまう(笑)。多分、先生はわかっていたと思います。
この時点では、この後、抗がん剤治療がある事すら考えてもいませんでした。

川井:それは不安でしたね。

すずき:そうですね。今まで病気らしい病気などした事が無かったので、術前検査で行う造影剤の同意書に「稀に死亡します」みたいな項目があって…手術経験のある友人に泣きながら「どんな検査なの」「死んじゃうの~」「痛いの?辛いの?」って電話で聞きました。今考えると笑ってしまいますが、その時はもう何もかもが初めての体験だったので不安と恐怖でいっぱいでした。
今まで経験した「怖い」って何だったんだろうって。これが本当の「恐怖だ!」と思いました。
仕事で失敗する・友人と喧嘩する・お金がない…
今までの恐怖や不安は、なんてくだらなくて小さな事だったのか、と感じました。

出産について

川井:その時、ゆみさんは、新婚さんだったと伺っていますが、ご主人様とはどのような話をされましたか?

すずき:結婚して3年目くらいですかね。新婚と言えば新婚になるのかな?
病気がわかってからは、もう会話なんて成立しません。
私は泣いてばっかりでした。
口に出る言葉は「なんで?」「死んじゃうの?」の繰り返しでした。
他に話した事はほとんど無かったと思います。
黙って受け止めてくれた主人には本当に感謝しています。

川井:30歳代というお子さんのことも考える時期での卵巣がんの告知、手術というのは、とても辛いことだったと思います。「出産」について、どう考えていらっしゃったのですか?

すずき:「そろそろ子供を産むのかなぁ~」「産まないといけないのかなぁ~」と思っていた時期でした。
私も主人も子供に関してはあまり考えていなかったし、変な言い方ですが、現実的ではありませんでした。その部分に関しては、私たち夫婦が深く考えていなかった事が救いでした。でもお互いの両親に申し訳ないと言う気持ちはありました。
子供が欲しいと願っている人にとっては、病気のショックだけでなく、子供が産めなくなるとういうショックが追加される。これはもう絶望だと思います。
病棟で一緒になった同じ歳の子は不妊治療中に子宮体がんが見つかって、気丈に振舞っていましたが辛かっただろうと思います。今も仲良くしていますが、今でも、子供の話はあまりしません。
他の子もまだ闘病しているのに「養子をもらえ」「離婚しろ」とか、身内の方が結構酷い事をサラッと言うんですよ!
私たちは、生死を賭けて闘病しているのに、ひどいと思いませんか?
「産まない選択をした人」と「産みたかったのに産めなかった人」ってすごく違うと思うんです。ですから、子供に関してはひとりひとり感情が違うと思います。

友人の中には、「がん」だと言うだけで、接し方がわからずお見舞いに来なかった人もいました。
自分も会いたい人と会いたくない人が、スパッと分かれたりもしました。追い込まれると色々考えますし、色々な発見があります。前向きに考えれば「人生の断捨離」が出来ますね!

お見舞いに対する本音

川井:とても、考えさせられます。本来なら、友人に寄り添って欲しいところだと思います。そのご友人は何を話したら良いか、分からなかったのでしょうか?

友人は?

すずき:そうですね。何て言っていいかわからないですよね。
「大変だったね」と言われれば「うん」と答えますが、心の中では「当たり前だろ~」って思っていたりして。
泣かれると「泣きたいのは私なんだけど」って思ってしまう。
励ましの言葉をかけられても「いいよね。あなたは元気で」って心の中で考えてしまったりします。私の心が狭いのかもしれませんが(笑)。
でも、素直に受け入れられる時もあります。これもまた相手によります。ここで受け入れることができる相手は、先ほどの「断捨離」の対象でなく「大切な人」となるのでしょうか。

大切なのはタイミング

あとはタイミングも重要なのではないかと思います。体調が良く、気分も良い時は大丈夫なこともあります。
患者ってものすごくわがままだし、色々な事に敏感になります。
治療には前向きにならざるを得ないのですが、他の事に投げやりだったり、「がん」で色々なモノを失っているわけですから「もうどうでもいいや」って思ったりして。
一方で、生活や仕事の事、金銭的なことは意外と冷静に考えたりしています。
やっぱり患者って我がままなんです。

川井:ゆみさんが、闘病中に見舞いに来てくれたご友人についてお話し頂けますか?

すずき:手術後は、当時勤めていた会社の上司や同僚が来てくれました。
術後は、抗がん剤治療を行うとは思っておらず、二週間くらいで退院出来ると思っていましたので、仲の良い友人には「退院してから会おう!」って感じでした。
しかし、病理の結果抗がん剤治療を行うことになり、一度退院しましたが、すぐに再入院になりました。
抗がん剤治療が始まってからは、体調にムラがあり、正直来なくていいよ、っていう時もありました。
髪の毛は無いし、眉毛もないし、まつ毛もない(笑)。
点滴や抗がん剤で顔はむくんでいますし…
自分で鏡を見るのも嫌なのに、あまり人に会いたくない時も多かったです。
主人は毎日来てくれていましたが、友人で唯一来てもらっていたのは、がん経験者の親友でした。
がん経験者のため、彼女に対しては気が楽でしたし、どんな状態の私を見てもびっくりしないので安心でした。
いきなり帽子を取られて「頭の形いいねぇ~」と言われて大笑いしたりしました。彼女が体験したことだから、私も自然に振舞えるし、笑いに出来ていました。

何よりも大切だったのは同じ「闘病」と言う時間を共有した病棟の仲間です。
本当に見えない「絆」がありました。
お見舞いに来てくれる人が気を遣う。時に、この気遣いで患者は疲れてしまうことがあります。患者同士にはそれがありません。今では、「病友」を超えて「親友」に変わり続いています。
しかもそれぞれのご家族も巻き込んでのお付き合いです。宝物ですね!

その時、両親は?

これも私のケースで、多くの患者さんには当てはまらないかもしれませんが、
父は毎週来てくれました。しかし、母は手術後に来ただけで、抗がん剤治療中は一度も来ませんでした。
後から父に聞いたのですが、毎回病院のロビーまで来ていたそうです。
自分の娘が抗がん剤治療を受けている姿を見るのが辛かったのだと思います。
私に対して「病気になるような身体に産んでしまってごめんなさい」って言っていたようです。
でも、きちんと現実と向き合って、病室で会いたかった。
色々話したかった。
食べたいものをおねだりしたかった。
これが娘の本心です。
もちろん、今は普通の親子にちゃんと戻っています。

自分が経験したお陰で「お見舞い」についてはすごく考えるようになりました。
余談になってしまいますが、滋賀県に住む、主人の親戚が抗がん剤治療をしている為、お見舞いに行きました。病院まで行きましたが、当日、本人の体調が良くないからと会えませんでした。
そこで「せっかく来たのに」「病室にも入れてくれないの?」と普通は思うのかもしれませんが、私も主人も「調子がいい時に来るよ!って伝えておいて!」と託し、帰ってきました。
もしかしたら、会えない程の体調不良ではなく、ただ人に会いたくないという理由だったかもしれませんがそんな事どうでもいいです。
だって!患者はわがままで良いのですから!

術後について

川井:話を手術に戻します。手術を終わった後のことを教えて下さい。

すずき:手術後はドレーンが入っていて全く動けませんでした。
痛みは硬膜外麻酔をしていたので、麻酔が効いているうちは、あまり感じませんでした。
硬膜外麻酔が切れてからは大変でした。
もちろん傷口も痛いのですが、内臓の痛みが何とも言えない痛みで…
例えるなら、内臓がすごい筋肉痛と火傷をしているような感じでした。
痛み止めの坐薬を使って耐えていました。
あまりに痛いので「硬膜外麻酔、おかわり!」って言ったのを思い出します。
当然、「ダメです」って言われましたが。
術前に硬膜外麻酔を使用するかしないかどうしますか?と聞かれたのですが、「先生が手術するならどうしますか?」と聞いたら「絶対に使います。」とおっしゃったので、私も使うことにしたんです。硬膜外麻酔が無かったらどんなに痛かったのだろうと思うとぞっとします。
一週間程度寝ていましたが、歩き始めるとこれがまた痛いんです。
階段の昇り降りは特に痛かったです。
術後初めて外の空気を吸った時は「あ~さわやか~」となると思っていましたが、ビックリするほど体力が落ちていて、息が出来ない様な感じで苦しかったのを今でも覚えています。

川井:痛みがあるときは、しっかり痛み止めを使っていくことが大切ですね。痛みを我慢すると、体力がかなり消耗します。痛みのために、がん治療が遅れることもあります。ゆみさんのように私たち医療者に何でも聞いて欲しいです。
私たち医療者は、適切な情報を患者さんやご家族にきちんと提供しなければいけないと改めて思いました。
今回もありがとうございました。次回は、手術のあとの治療、抗がん剤治療について、お伺いする予定です。
次回もよろしくお願い致します。

すずき:こちらこそありがとうございました。
私は、我がままで大げさに痛がる患者なのかもしれません。しかし、意外と私みたいな患者さん居ると思います。
自分の気持ちを医療者にぶつけられる環境で、治療を受けて欲しいと願っています。

ドレーン:体内に貯留した血液や体液などを体の外に排出するために使用するカテーテル(チューブのようなもの)のこと
硬膜外麻酔:背中から硬膜外(脊髄をおおっている硬膜という膜の外側)にオピオイド鎮痛薬や局所麻酔薬などを投与すること