厚生労働省医薬局監視指導麻薬対策課は毎年「麻薬・覚醒剤行政の概況」を出版している1)。今年も2025年12月版が手元に届き、早速「100万人1日あたりの消費量(S-DDD) 2021-2023年」(表1)を観て今だに変わらない、むしろ減少していると言う驚きを隠せなかった。日本の代表的なオピオイド鎮痛薬であるモルヒネ、フェンタニル、オキシコドンの2021-2023年の消費量はG7(ドイツ、アメリカ、カナダ、フランス、イタリア、イギリス、日本の順)中最下位で、韓国の消費量の41.4%しかありません。「3年間の100万人1日あたりの消費量(S-DDD)」の年次推移を表2に示したが、2017-2019年から毎回減少している。この原因として、1)麻薬に対する忌避感が強いため法的に麻薬ではないオピオイド鎮痛薬のトラマドールやアセトアミノフェンとの合剤が広く使用されていること、2)この統計には含まれていないヒドロモルフォンが2017年に発売されたことが考えられます。しかし、これだけで十分に説明できる問題ではないと考えられます。

日本の文化における「痛み」と「鎮痛」の関係は、歴史的・精神的背景から「痛みを我慢することは美徳」という独自の認識が深く根付いています。痛みを隠す、あるいは耐えることが精神的な強さや人間的成長と結びつけられる一方で、現代の医療現場ではこの文化が「痛みの適切な治療」を遅らせる要因にもなっています。「痛みは取り除くもの」と割り切る欧米などの外国と比較し、日本では鎮痛薬の消費量が少なく、無痛分娩の普及率も低い傾向にあります。また、「頭痛は我慢すべきではない」と考えていながらも、実際には77.2%が我慢しており、薬に頼ることに消極的な人が多いようです。このような文化的背景も低いオピオイド鎮痛薬使用量に関わっていると考えられます。

日本は薬物乱用防止教育や活動(ダメ。ゼッタイ。)、薬物乱用の取締り等により諸外国に比べ薬物乱用問題が非常に少ない状況を維持しています。このような活動が「医療用麻薬=麻薬」、「麻薬は怖いもの」として麻薬に対する忌避感を強めているのではないかと考えられます。そこで、我々は10代から70代までの男女にアンケート調査を行った2)。その結果、20代、30代は医療用麻薬の使用への抵抗感が強くなっており、このような教育を受けていない50代以上では医療用麻薬の使用に肯定的になっています。このようなことから、医療用麻薬の乱用防止教育と適正使用推進教育をバランスよく進めることにより、オピオイド鎮痛薬の適正使用が進むものと期待しています。

 

1)「麻薬・覚醒剤行政の概況」、厚生労働省医薬局監視指導麻薬対策課、2025

2) 鈴木勉、長谷川真司、加賀谷肇、「ダメ。ゼッタイ。」普及運動は医療用麻薬の適正使用に影響しているか?日本緩和医療薬学雑誌17: 17-24, 2024

表1 100万人1日あたりの消費量(S-DDD) 2021-2023年 (INCBの各年間統計)

モルヒネ フェンタニル オキシコドン 合 計
ドイツ 567 9,117 1,319 11,003
アメリカ 930 2,108 4,596 7,634
カナダ 1,490 3,848 2,093 7,431
オーストラリア 2,096 2,191 2,166 6,453
フランス 782 4,386 905 6,073
イタリア 124 4,296 592 5.012
イギリス 1,485 1,919 1,066 4,470
韓国 22 1,638 316 1,976
日本 32 662 124 818
シンガポール 16 657 28 701
ロシア 28 596 8 632
中国 40 46 30 116

S-DDD:defined daily dose for statistical purposes

統計目的のため、定義された1日の服用量を示し、実際に投与された量をもとに算出した特殊単位。数値は過去3年の平均を表し、遊離塩基に換算した値。

麻薬・覚醒剤行政の概況(2025)厚生労働省医薬局 監視指導・麻薬対策課

 

表2 日本の100万人1日あたりのオピオイド消費量の推移(S-DDD)

モルヒネ フェンタニル オキシコドン 合計
2017-2019年 46 828 164 1,038
2018-2020年 43 788 143 974
2019-2021年 41 750 134 925
2020-2022年 34 703 128 865
2021-2023年 32 662 124 818

S-DDD:defined daily dose for statistical purposes

統計目的のため、定義された1日の服用量を示し、実際に投与された量をもとに算出した特殊単位。数値は過去3年の平均を表し、遊離塩基に換算した値。

麻薬・覚醒剤行政の概況(2021-2025) 厚生労働省医薬局 監視指導・麻薬対策課

 

一般社団法人 医薬品適正使用・乱用防止推進会議 代表理事

鈴木 勉(湘南医療大学薬学部長)