臨床心理学分野において、「コーピング」(“coping”;対処)は、一般に、LazarusとFolkman 1)による定義「個人のもつ心理的・社会的資源に負担をかけたり、資源を超えると評価されるようなさまざまな内的・外的な要請(すなわちストレス)に対してなされる認知的および行動上の努力」(心理臨床大辞典、2004)が用いられている。端的に言えば、コーピングとは内的・外的ストレスへの対処、「ケミカル」は薬物を指す。緩和医療において「ケミカルコーピング」という用語が用いられるゆえんは、患者がオピオイドを、処方目的である痛みへの対処(鎮痛)ではなく、心理社会的苦痛(不安、抑うつ、孤独、ストレスなど)の対処手段として過剰(用量、頻度)に要求する場合がみられることにある。

 

この意味でのこの用語の使用は、Brueraら2)の研究に端を発する*。この研究では、がん患者がアルコール依存症と診断された場合には、多職種による集中的なカウンセリングを実施した。カウンセリングでは、身体的な痛み(physical pain)、苦悩(suffering;精神的苦痛)、および薬物に頼って対処しようとすること(ケミカルコーピング)の違いについて患者と十分に話し合うことに重点が置かれた。これは、「身体痛」と「苦悩」を区別し、後者が身体化して疼痛増強つながる可能性を低減するとともに、主要な対処手段としてのアルコールやオピオイドの使用を避けることを目的とした。多職種によるこのようなアプローチがない場合、アルコール依存症のがん患者の予後は有意に悪化し、疼痛管理にも問題が多かった。

 

Brueraらが、終末期がん患者が精神的苦痛に対処するためにアルコールやオピオイドを用いる行動を “chemical coping” と言う概念として提示した後*、この用語はがん患者の緩和ケアにおけるオピオイド使用に限局され、いくつかの「定義」が提唱されてきた(表1)。すなわち、Del Fabbro 3)は、ケミカルコーピングは「心理的あるいはスピリチュアルな苦痛への対処(coping)のためにオピオイド鎮痛薬を使用している」状態であり、「疼痛に対する正常な、依存症的ではないオピオイド使用からオピオイド依存症に至るまでのスペクトラム上に位置する」、としている。またKwonら4)は、各国の緩和医療や疼痛医療の専門家を対象に、匿名で繰り返し調査を行うデルファイ法を用い、「オピオイドによる chemical coping」について、以下の定義で合意をみた(同意率92%):「情動的苦痛(emotional distress)に対処するためにオピオイドを使用することであり、不適切かつ/または過剰なオピオイド使用を特徴とする。」また彼らは、オピオイドによる chemical copingを示す徴候(warning sign)として、 抑うつ、精神疾患、物質乱用歴、CAGEアルコール依存症スクリーニングテスト陽性、アルコール依存症の既往、喫煙歴をあげ、これらがオピオイドの不適切使用(opioid misuse)のリスクがある患者を同定する上で役立つとしている。

 

つまり、正常使用から依存状態への遷移スペクトラムの中で捉えるか否かは別として、いずれの定義においても、上述のように、鎮痛目的で処方されたオピオイドを、身体的疼痛対処以外の状態の緩和に用いることを指すといえる。緩和医療においては、この行動の反復により、依存症や、過量摂取(overdose)を発現することが懸念される。

 

上記から、ケミカルコーピングは、米国精神医学会や世界保健機関の疾病分類(前者はDSM, 後者はICD)に従えば(表2)、misuse(誤用あるいは不適切使用)に該当すると思われ、反復により有害作用が生じていればDSM-IVにおける乱用や、ICD-10における有害な/危険な使用に該当するかもしれない。緩和医療においては、「誤用」は非常に幅広い状況を含むため、ケミカルコーピングという用語が了解しやすく、使いやすいものと思われた。ただし、日本緩和医療学会のガイドライン(2020年版)5) にこの用語はみあたらないため、必ずしも広く共有されている概念ではないのかもしれない。

 

 

表1 ケミカルコーピング – 定義の変遷

出典 がん患者におけるケミカルコーピングの「定義」
Brueraら1) 精神的苦痛に対処するために薬物(アルコールやオピオイド)を用いる行動
Del Fabbrorら2) 心理的あるいはスピリチュアルな苦痛への対処のためにオピオイド鎮痛薬を使用している状態で、正常使用から依存状態のスペクトラムの間に位置する
Kwonら 3) 情動的苦痛(emotional distress)に対処するためにオピオイドを使用することであり、不適切かつ/または過剰なオピオイド使用を特徴とする

 

 

表2 誤用と乱用の定義

英語 和訳 意味
misuse 誤用(不適切使用) 医薬品を本来の使用方法・用法・用量・目的から逸脱して使用すること
abuse 乱用 DSM-IV: 社会的・職業的・身体的問題を生じているにもかかわらず反復して物質を使用する不適応的な使用様式

DSM-5: abuse, dependenceの区別は廃止され、substance use disorder(物質使用障害;ICD-11では物質使用症)に統合された

ICD-10: abuse は意味が曖昧(ambiguous)であるため、ICD-10では原則として使用しないとし、代わりに harmful use(有害な使用) や  hazardous use(危険な使用)の用語を推奨

DSM: Diagnostic and Statistical Manual of Mental Disorders (米国精神医学会)

ICD: International Statistical Classification of Diseases and Related Health Problems (世界保健機関)

 

 

*脚注:PubMed検索によれば、”chemical coping”という用語の直接的使用は、1983年のEinstein 6)が最初である。ただし、この場合の”chemical”は、アルコール(酒)やニコチン(たばこ)を含む精神作用のある化学物質全般を指し、それらの作用をストレスを含む様々な問題への「対処」に用いることであるとした。この用語が用いられた年ごとの論文数を冒頭の図に示す。1995年のBrueraらの論文がカウントされなかったのは、彼らがこれを”coping chemically”と記載したことに起因すると思われる。

 

引用文献

  1. Lazarus, RS, Folkman, S (1984). Stress, Appraisal, and Coping. New York:Springer Pub Co/氏原寛ら(編)(2004)心理臨床大辞典 改訂版、培風館
  2. Bruera, E. et al., 1995. The frequency of alcoholism among patients with pain due to terminal cancer.  Journal of Pain and Symptom Management, 10: 599-603
  3. Del Fabbro, E. 2014. Assessment and management of chemical coping in patients with cancer. Journal of Clinical Oncology 32: 1734-1738
  4. Kwon, JH et al., 2015. A pilot study to define chemical coping in cancer patients using the Delphi method.  Journal of Palliative Medicine 18: 703-706
  5. 日本緩和医療学会ガイドライン統括委員会(編), 2020. がん疼痛の薬物療法に関するガイドライン 2020年版.東京:金原出版, (pain2020.pdf)
  6. Einstein, S. 1983.  Drug education: a primer.  International Journal of the Addictions 18: 1157-1169

 

 

一般社団法人 医薬品適正使用・乱用防止推進会議 理事

高田 孝二(帝京大学文学部心理学科・東京慈恵会医科大学精神医学講座)