第3回 東京医科大学病院 薬剤部 東加奈子先生
対談担当者:武井佐和子(一般社団法人 医薬品適正使用・乱用防止推進会議 理事)
東加奈子先生のご略歴
2003年 東京薬科大学卒業
同 年 東京医科大学病院 薬剤部勤務
2009年 日本病院薬剤師会 がん専門薬剤師免許取得
2010年 日本医療薬学会 がん指導薬剤師免許取得
2011年 日本医療薬学会 がん専門薬剤師取得
日本臨床腫瘍学会、緩和医療学会、緩和医療薬学会に所属
東京都病院薬剤師会・臨床推論推進特別委員会委員
東京都病院薬剤師会・がん薬物療法専門薬剤師養成小委員会副委員長
日本医療薬学会・がん専門薬剤師試験小委員会委員を歴任され、医療現場の最前線で活躍されています。
~Question1~
武井)
日本はアジア圏では最も医療用麻薬を使用してきましたが、2014年のWHOのオピオイド鎮痛薬の必要量に対する実使用量の比率(充足率)に関する報告によると、日本は15.5%であり*、韓国は使用量が急増し47.0%でした。
また、ホスピスの国英国は66.8%であったことから、我が国は、まずは英国を目標に、韓国の取り組みを参考にがん疼痛治療の推進を図る必要があると考えられますが、現状で医療用麻薬は適正に使用されていると思われますか?
*本データは2010年の調査データです。
東)
このデータは学会報告や様々な講演会でもよくみます。直感としては2014年のこの時よりも、施設間の違いはあれども、もう少し良い傾向があるように感じます。
~Question2~
武井)
適切に処方されていると思われますか?
東)
私は病院薬剤師となってからちょうど15年になるのですが、それこそ15年前はオピオイド鎮痛薬を医師へ処方提案しても、「患者さんは、まだその時期(末期)ではない。」というようなことを言われ衝突することもありました。10年以上前はオピオイド鎮痛薬の医療者への教育が行き届いておらず、医療者側が患者やその家族以上にオピオイド鎮痛薬に対して壁を持っていたように感じます。しかしながらPEACE PROJECTやELNEC-Jなど様々な緩和ケアの教育プログラムができ、医療者がきちんとした教育を受けられるようになってきて、副作用対策として必要な薬剤も含めてオピオイド鎮痛薬が適切に処方されるようになってきたと感じます。
~Question3~
武井)
患者はどうでしょうか? 適正に使用されているでしょうか?
東)
全ての患者さんが適切に使用しているかというと、そうとは言えない現状がまだあるように感じます。理由としては、患者さんやそのご家族が持つオピオイド鎮痛薬に関する偏見や誤解が挙げられます。しかし、患者さんが偏見や誤解を持つきっかけは医療者が原因となっていることが多くあります。医療者からの説明が適切になされなかったり、またコミュニケーションが不足していたりする場合があります。
実際のがん患者さんのご家族のお話になります。大腸癌のステージ4(多発の肝転移・肺転移)で、予後予測としても年単位は厳しく数ヶ月程度と考えられる患者さんがいらっしゃいました。患者さんが右側腹部に肝転移が原因と考えられる内臓痛を訴えており、オピオイド鎮痛薬が導入されていました。医療者は患者さんに安心してオピオイド鎮痛薬を使用してもらうために、「オピオイド鎮痛薬はそもそも早期の患者さんでも使う薬ですよ。安心して使ってくださいね。」という説明をしていました。でもそれはその患者さんには適切な説明ではないですよね。この説明によって、患者さんに「私は、がんの早期なのね。治るのね。」と誤った理解をしてしまっており、それを訂正することもしていませんでした。また同様にオピオイドの説明をうけたご家族は、患者さんの病状を深刻に受け止めていなくてもいいのかもしれないといった誤解が生じていました。それから数か月後に患者さんが亡くなられたのですが、病状を深刻には受け止めていなかった(受け止めきれていなかった)ご家族は、オピオイド鎮痛薬を導入したせいで命が短くなったと考えていました。今度はこの家族が、がん患者となりオピオイド鎮痛薬を使用することになったのですが、オピオイドを使用すると命が短くなるといった誤解をもっており、激しい痛みを訴えていたのですが導入が難しかったことがあります。がん患者の家族としての経験というのは大きくて、大きいからこそ誤解や偏見が生じやすくなりますよね。
オピオイド鎮痛薬を適切に使用するには、オピオイド鎮痛薬の治療目標もそうですが、そもそもの今のがん治療の目標を、患者や家族と医療者の間できちんと共有できてないといけないと思います。
~Question4~
武井)
先ほど医療者が誤った情報を伝えてしまう事が原因で患者がオピオイド鎮痛薬に対する誤解や偏見をもつとのお話でしたが、誤解や偏見を軽減するために必要なことは?
東)
医療者はもちろんのこと、一般の方もオピオイド鎮痛薬に関して正しく学べる場が必要かと思います。一般の方としては学生レベルにまで落とし込んで教育を受けられる環境が必要かと思います。ざっくばらんにオピオイド鎮痛薬に関して話し合える場があってよいと思います。患者さんは自分の事が知りたいので、究極は一対一が理想だと思いますが、各病院が開催している市民公開講座なども一つの形として有効だと思います。
~Question5~
武井)
慢性疼痛でのオピオイド鎮痛薬の使用状況は?適正に使用されていると思われますか?
東)
適正使用が結構進んでいるのではないかと思います。
自施設での経験ですが、慢性疼痛なのでむしろ医師が処方に慣れていない時は薬剤師に聞いてくれることが多いですね。
導入はどれぐらいの量がいいのか、増量はどれぐらいがいいのかなどを相談してくれることが多いように感じます。薬剤のことは薬剤師にまかせようと言ってくれる医師が多いので自分の知っている範囲では適正に使用されていると感じます。
慢性疼痛でも癌性疼痛でも、どちらでもいいのですがオピオイド鎮痛薬が適正に使用されていない時は、薬剤師がきちんと介入できていない場合が多いのではないでしょうか?薬剤師の介入としては処方が出てからでは遅くて、処方される前に患者さんの訴えをきちんと聞き、医師に処方提案することが何よりも重要だと感じます。
患者さんが薬剤師にもきちんと相談する環境が出来て、より適正使用につながっていくと思います。院内であれば病院薬剤師がその役割を担えると思いますし、在宅であれば保険薬局の薬剤師がそれを担えると思います。
~Question6~
武井)
依存のリスクに関してはいかがですか?
東)
もちろん依存のリスクはあると思います。
しなしながら、やはりここでも患者さんやそのご家族にきちんと説明(身体的な依存と精神的な依存を分けてわかりやすく)していく、そしてアドヒアランスを確認していくということが大切だと思います。
~Question7~
武井)
オピオイド鎮痛薬という用語を患者さんに説明する際に使用していますか?
使用している場合は、患者さんの反応は?
東)
私は医療用麻薬と言う言葉を使っています。
患者さんもオピオイド鎮痛薬と言うとわかりづらいので、ストレートに医療用麻薬と言っています。
隠さなければいけない理由があるとすれば、隠さなければいけない理由をとことん解いていかなければならないですよね。患者自身は隠される側なので、ご家族に会って説明したりします。
最近は少なくなってきていますが「麻薬」と言わずに「強い痛み止め」だと言うふうに言って欲しいと言われることもあります。
その時になんで医療用麻薬と言うことを言ってはいけないのかと聞くと、もうすぐ最後の時が近いと言うことに本人に気づかれたくない、泣かれたくない、落ち込まれたくないと言うふうにおっしゃるご家族がやはり多いです。
そのよう時には、患者自身は落ち込む権利も、泣く権利もありますし、それでも痛みのコントロールをしていきたい場合もあるので、自分としては隠さないで医療用麻薬であると言うことを患者自身にも病状を踏まえて必要だと思うということを、医療者として説明したほうがいいと思っています。このように説明すると大抵のご家族の方は納得してくださいます。とにかく情報・状況をシェアすることが重要だと思います。
「怖いですよね」「泣かれたら嫌ですよね」と言うようにご家族の気持ちにも寄り添うことが大切だと思います。
~Question8~
武井)
最後に、一般社団法人 医薬品適正使用・乱用防止推進会議に対する期待やご希望をお教えください。
東)
インターネットの普及によって医療情報を得ることは容易となりましたが、それらのがん医療の情報は正しくないことがあります。このことをふまえて、我々は患者さんやそのご家族に正しいことをきちんと言葉で伝えていきたいと思っています。そのためにも、法人にHPなどでぜひ正確な情報を配信していただきたいと願っています。
第3回目の『シリーズ:オピニオン・リーダーとの「対談」』では、東先生の日々の医療現場での体験を通した医療用麻薬の適正使用についてお話を伺いました。
本企画に賛同いただき、ご協力いただきました東加奈子先生に感謝申し上げます。
2018年6月25日 武井佐和子
武井佐和子(たけいさわこ)
東京薬科大学 薬学部 薬学実務実習教育センター