第5回 日本薬剤師会長 山本 信夫 先生

対談担当者:加賀谷 肇(一般社団法人 医薬品適正使用・乱用防止推進会議 副代表理事)

山本信夫先生のご略歴

1973年3月  東京薬科大学卒業
1973年4月  水野薬局に入局
1981年4月  ㈱保生堂薬局入局
2005年9月  厚生労働省中央社会保険医療協議会委員
2006年11月 アジア薬剤師会連合(FAPA)副会長
2007年2月  厚生労働省社会保障審議会臨時委員(医療保険部会 医療部会)等歴任
2007年10月 FIP西太平洋地域薬学フォーラム運営委員会委員
2012年4月  公益社団法人東京都薬剤師会会長
2014年6月  公益社団法人日本薬剤師会第25代会長
2014年6月  厚生労働省医道審議会委員
2014年9月  国際薬剤師・薬学連合(FIP)副会長 現在に至る

 

~Question1~
加賀谷)

日本薬剤師会として医薬品適正使用並びに薬物乱用防止において注力している事柄についてお話し頂けますでしょうか。

山本)
薬剤師の集まりですので患者さんに医薬品を正しく使っていただくことが我々の職務でもあり、団体としての目標でもあります。
世界共通のことですが、薬は薬剤師がきちんとコントロールする。それが医療用医薬品であろうと、市販薬であろうと、薬を正しく効果的に使う上で重要になります。そういった意味ではよく言われる話ではありますが、良かれと思って胃の薬を飲んでも胃を傷めてしまう人がいる。かといって薬は飲まなければ効かないので、何をどのように薬を飲むのが良いのかということを理解してもらう事が我々の最大の課題だと思っています。

薬は正しく地域に提供され、適正に使われなければ意味がありません。
地域に薬が安定的に供給される体制を組んだ上で、更にどうずれば患者さんに正しく、最も効果的に正しく、安全に使っていただけるのかということが最も重要であると考えています思っています。

<薬物乱用について>
薬物乱用に関しては申し上げれば、どんなに注意を払っても乱用は起こるのだと思いますが、最も注目しているのが小中学生で、子どものうちから「薬というのは大切なものなんだ」、しかしながら「危険な性質も併せ持っている」と言うことを、徹底して教育していかなければならないと思います。
大人でも、きちんとした量を使わなければ効かないということを理解しているようで理解していない場合も少なくありません。現在、子どもたちには学校薬剤師を通じて、カリキュラムの中で薬の正しい使い方に関する薬教育を1年間に少なくとも1回ぐらい実施しているはずです。
ただ、その時にどうしても「くすりの正しい使い方」と言いつつ、誤用や濫用の方に意識気が向いてしまう傾向があります。そして、担当する講師にもよりますが、危険ドラッグや薬物事犯に関心が向いてしまい、「この薬は危ない」「これを使うとダメになる」と言うような説明が多くなりがちです。むしろそうではなく「薬はこう使うと効果が最大化される」という様に、薬を「正しく効果的に使う」ことに着目した教え方をするよう心掛けています。
よく薬は子どもの手の届かないところにおきなさいと言いますが、子どもは踏み台などを使ってとってしまいますので、きちんと家庭の中での薬の保存方法を決めておくというのも大事なことだと思います。また、食卓などの上には置いてある薬や薬に似たサプリ等がありを、子どもの目の前で親が服用等している様子を日常的に見ていることで、比較的薬に対する抵抗が少なくなっているようにも思います。子どもが見ていて、そのような環境で、少し大人になってから「この薬元気になるよ!」などと、悪い人々に誘われたりすると、つい手を出してしまい、濫用に走るきっかけになることもあります。ですので、家庭の中での薬の取り扱いにも十分注意をしてほしいと思います。

<教育について>
教育に関しては、子どもは比較的素直に話を聞きますが、大人に関してはそうはいかないこともありますので何度も何度も繰り返し確認をしていくことが大切だと思います。
例えば、痛みがあればだれでもきちんと服用するのですが、成人病など自覚症状がない場合には、薬を飲み忘れることも少なくありません。
しかし、薬は指示された通りきちんと服用しなければ効果は出ないと言う事を患者さんと窓口でのやり取りの中できちんと伝えることが大切だと思います。
複数の病院にかかっている患者さんも多いので、出来るだけ一か所の薬局で調剤を受けるよう提案することも重要だと思います。このことは薬剤師にとって大きな仕事の一つであり、そうすることが、リスクを排除し、医薬品の適正使用にも繋がります。

~Question2~
加賀谷)
医薬品適正使用において国も鎮静催眠薬やいわゆるZドラッグ(ベンゾジアゼピン、非ベンゾジアゼピン系薬物)の適正使用について喚起を促しておりますが、日本薬剤師会ではどのように捉えていらっしゃいますでしょうか。

山本)
ある意味古くて新しい話題です。最近ベンゾジアゼピン系薬が大きな問題になっていますが、我々にしてみれば特段にベンゾジアゼピン系薬だからということでもありません。睡眠薬には患者の症状に合わせた正しい使い方があるわけですから、使用方法や使用量をきちんと整理し守らせる事が重要だと思っています。
薬剤師ですので「どんな特性があるのか」「どんな効果があるのか」「濫用のリスクはあるのか」と言う事は十分に理解しています。その上で、目の前の患者さんに「本当に必要な薬なのか」、あるいは「この量でいいのかどうか」薬学的に判断した上で医師とコミュニケーションをとりながら調整していくことが最善の策だと思います。

<薬剤師の役割>
必要な薬を必要な患者さんに、必要な量提供される体制を整えていかなければなりません。
薬剤師として薬学的な目で見て疑問を生じることもあります。こうした場合、処方医がどういう意図で処方しているのかということを十分理解をしたうえで、調剤する、疑義があれば処方医と十分に意見を交換することが不可欠です。言い換えれば、薬剤師としての知識を最大限に発揮し、患者さんを守るため、安心して治療を続けていただくにはどうしたら良いかという視点をもって仕事をすることが重要になるということです
そのためには、調剤に留まることなく、生活習慣など、疾患に関わる治療全体を俯瞰して、もっと幅広く患者や住民のフォローアップができるスキルを身につけ、セルフメディケーションについても国民の皆さまにご理解いただくことを目指して、取り組んでいきたいと思っています。

~Question3~
加賀谷)
日本睡眠学会の「睡眠薬の適正な使用と休薬のための診療ガイドライン」にも長期に漫然と投与するのではなく、維持療法が必要かどうかを見極め、休薬のタイミングや正しい休薬の仕方等が示されています。診療報酬でも眠剤の処方削減の提案が評価されますが、なかなか眠剤の処方削減を医師に提案するのも難しい面もあろうかと思いますが、いかに進めるべきでしょうか。

山本)
これは今絶対に大丈夫だと言う方法はないのですがだと思いますが、継続的な教育は必要であると考えています。教育をしなければいけない、患者からすると薬がなくなってしまうと不安が生じる、でも薬を減らす必要がある場合にどのように説明し、納得していただくか。
精神科領域の先生方は十分わかっていらっしゃるので調整ができるのだと思いますが、比較的専門ではない先生ではそういったことも多々あるのかもしれないと思います。
診断と治療(薬剤の処方を含む)とい言う医師の絶対的な領域の中に、我々がずかずかと入っていくわけですから、十分な準備をしなくてはいけませんし、医師・患者との信頼関係の構築も必要です。その上で準備と信頼関係構築に配慮しつつ、調剤を行う上で薬剤師として疑問が生じることがあれば、もちろんていればそのまま放置してはいけないだろうと思います。

<ベンゾジアゼピン系薬にまつわる体験>
ずいぶん昔の話になりますが睡眠障害ではなくてんかんで受診されていた患者でした。子どものころから10年ぐらい継続して睡眠薬を飲んでいました。
今と違って、まだ私も現場で調剤をしていたころのことで、頃です、まさにベンゾジアゼピン系薬の使用に関して起きたことでしたなんです。
ある時、普段処方されている量より5㎎程処方量が少なかったのですが、それに気が付いていながら調剤をしてしまいました。
結果としててんかんの発作が起きてしまったのです。後になって考えてみれば、患者は小学校の高学年の成長期の子でしたから、一般的には処方量が増えることはあっても減ることはないのです。幸い軽い発作だったのでその後に影響が残りませんでしたが、薬剤師として生涯忘れる事が出来ません。
それ以来、自分でおかしいと思ったときには立ち止まってきちんと医師に確認する。
何でもかんでも医師に聞けば良いわけでは無いのですが、薬剤師から見ておかしい、薬の種類使い方がおかしいのか、量がおかしいのか、ポイントを掴んだ上で、患者の状況を見て医師と確認していく姿勢の必要性を、いやというほど思い知らされました。

<医師とのコミュニケーション>
医師と薬剤師がコミュニケーションをとる際の、重要な行為のひとつに疑義照会があります。薬剤師の役割としては絶対にはずしてはいけないところだと思います。疑義があっても、照会することをせずに医師の処方のままに調剤をするしているという姿は良いのだろうか、そのようなことはないと信じていますが、もしあるとすれば改めて考えるてみる必要があると思います。

また、最近では多剤投与(Polypharmacy)が大きな問題として指摘されていますが、こうした状況の改善にも薬剤師として何ができるか、しっかりと考えていく必要があると思います。
精神科領域の薬では薬を飲んでいれば症状が落ち着いていることが多く、しかし考えてみれば別の問題が生じているかもしれない、といったことが起こりえます。そこを納得いくまで医師に確認できるだけの、大げさですが「覚悟」が必要だと思っています。

~Question4~
加賀谷)
重複投与・相互作用等防止加算関連業務など、国は「患者のための薬局ビジョン」を発表されていますが、対物業務から対人業務にシフトしてきていると思いますが、日本薬剤師会としての評価や見解をお聞かせいただけますでしょうか。

山本)
基本的には薬剤師の仕事は「対物の仕事」ですが、いわゆる街の薬局などでも対物中心から対人中心の業務に積極的に変わりだしたのが20年ほど前からでしょうか。それほど長い経験があるわけではありません。今は昔に比べると、患者の生活像も変わってきていますし、新しい薬も開発され複雑な飲み方をする患者さんも多くなりました。
同じ薬であっても患者ごとに、適切・適正な量や適切・適正な飲み方があり、薬の事を理解した上で、使用する患者がどんな人なのか、どんな日常生活を過ごしているかなど、患者の生活像を見なくてはなりません。

<個々の薬剤師が個々の患者に対して>
以前、近所の患者さんが薬を医師の指示通り飲んだか飲んでないのか、調べたことがありました。
1日3回毎食後と指示された薬が、調べてみると「飲んでいない」。しかし医師は「そんなはずはない」という。原因は簡単でその患者はお昼ご飯を食べない習慣だったので、お昼を飲まなかったとのこと。なんだか笑い話のようですが、現場では多々耳にするケースです。そこで、1日2回の服用で済む薬剤に変更したところ、コンプライアンスが向上し症状が改善されました。

もうひとつのケースをご紹介します。睡眠薬は夜寝る前に飲んで下さいと説明すると、「夜飲んだら寝てしまうじゃないか」と言うんですね。その患者の職業はタクシーの運転手さんでした。
そういう細かな一人ひとりの生活パターンを理解することが大切だと思います。
そういった意味で調剤にあたって、対人業務を強化することは、薬剤師の本質業務である対物業務と合わせて、とても重要です。薬学を学んだ者が、その薬を通してその患者に何を行うかということが、これからは評価されるということを意味します。対人業務の評価は、薬剤師職能をより向上させるという意味で、非常に良い傾向だと思います。

ある時まで患者全体で考えたり、男性・女性、大人・子どもと大括りにしたりしていたわけです。しかし、現在では「その患者」と向き合うことが重要と言われています。いわば「A patient」から「The Patient」への意識の転換が、重要だということではないかと考えています。薬剤師がその患者一人一人と1対1で向き合う。そういう関係が構築できるように診療報酬上ももちろんですが、薬剤師がそうした姿勢で業務に携わり、それが薬剤師に対する評価という方向性が打ち出されたことが大きな変化だと思っています。

~Question5~
加賀谷)
本法人では医薬品適正使用や乱用防止教育のための教育資材(DVDやパンフレットなど)、ホームページからの情報発信などを主な活動としております。患者や一般市民への医薬品適正使用や乱用防止教育の普及・啓発活動で何か日本薬剤師会とコラボレーションできることがあればお聞かせ頂けないでしょうか。

山本)
薬剤師の仕事とは何かと言えば、薬が安全に、正しく使われて、効果的を発揮し、病気が改善する、それを医薬品の供給面から支える事です。
そういうことから考えると日薬としてはあらゆる場面で薬の適正使用をPRする責任が会として、また、薬剤師としてあると思っています。
ですが薬剤師会自身がいろいろなものを作ろうとすると、それは容易ではありません。
その意味で、わかりやすく子どもや高齢者に説明ができる資材を作って頂きたいと思います。
そして、薬について分からないことがあったら気軽に薬剤師に聞いていただきたいと思います
がん疼痛・神経痛等の方の痛みを和らげる事も大切なことだと思います。
「飲み方が難しい」「使い方が複雑だ」、という話をよく聞きます。それに関してしっかりご説明し、納得していただいた上で、正しく服用し、QOLを上げて欲しい。正しく使わなければQOLは上がりません。特にオピオイドは依存が怖いから薬を飲まないという話も聞きますが、正しく使って早く良くない状況から解放されてほしいと思います。
それを理解していただける解ってもらえるような様な啓発資料などを作成していただきたいと考えています思っています。

後記
ご多忙の中、対談にご出席いただき誠にありがとうございました。
先生との対談の中で文章では現し難い行間に先生の情熱やお人柄を彷彿される事柄が多々あり、ザックバランにお話しいただけて、今後の本法人の進むべき道標を山本会長先生から示唆を頂けましたこと大変嬉しく存じます。
最後に、日本薬剤師会の益々のご発展を祈念致します。そして、今後ともご指導をお願い申し上げます。

加賀谷肇 略歴
1975年3月 明治薬科大学薬学部製薬学科卒業
1975年4月 北里大学病院薬剤部入職
1999年3月 北里大学病院薬剤部退職
1999年4月 済生会横浜市南部病院薬剤部(副部長)入職
1999年10月 同 部長就任
2009年7月-2012年6月 公益社団法人神奈川県病院薬剤師会会長
2012年6月 済生会横浜市南部病院薬剤部退職
2012年7月 明治薬科大学臨床薬剤学研究室教授
2018年3月 明治薬科大学定年退職
2018年4月 一般社団法人 医薬品適正使用・乱用防止推進会議 副代表理事