新型コロナウイルス感染症と緩和ケア

参加者:加賀谷肇 副代表理事、鈴木勉 代表理事

昨年度末から今年度に渡り、新型コロナウイルスが猛威を振るい、緊急事態宣言が4月7日に発出されて社会の流れが止まってしまったような日々が続き、5月6日に解除されました。最近になり、大阪や東京でも社会活動が少しずつ再開されてきています。しかし、病院もなかなか正常に機能できない状況も見受けられます。一旦落ち着いたように見えましたが、収束までにはまだまだ時間がかかりそうです。
そこで、本日は新型コロナウイルス問題を取り上げ、加賀谷肇副代表理事をお迎えして特別対談を企画しました。

~Question1~
鈴木)
新型コロナウイルス感染問題で、リスクがあるので出来るだけ病院に行きたくない。そのような中で、緩和ケアを受けている患者さんは今どのように振る舞えば良いでしょうか?まず、基本的な注意事項について教えて頂けますでしょうか?

加賀谷)
今回の全世界に伝播している感染症について緩和医療の領域では、COVID-19の場合重篤患者の枕元に家族など大切な人が寄り添うことができない。これこそ新型コロナウイルスの「無残なほど残酷」な側面だと、緩和医療の専門家で著述家のレイチェル・クラーク医師はBBCラジオで述べておられます。
誰にも突然起こりうる死。それに備えて、人生会議を先延ばしせずに始める必要が否応なしに生じることになったのです。そしてその波は、がんの患者さんが主として最後の時間を送るための専門施設である緩和ケア病棟・ホスピスにも及んだのです。 重い病を得るということは孤独な体験です。そのつらさを他者と完全に共有することはできず、死が迫る人は苦悩し、孤独を深めます。 だからこそ、周囲に支えようとする人たちがいることはとても重要です。 死出の道をゆく方にとってばかりではなく、周囲の方々にとってもまとまった時間が取れるということは大切です。

緩和ケア病棟やホスピスには全身状態が悪い方が多く入院していることを鑑みれば、心ならずも面会などを制限せざるをえない側面があるのも現実でしょう。今回においても医療者の様々な努力が現場で見られます。 できる範囲で面会制限を緩和して、一緒の時間が取れるようにとするアプローチが為されています。 またタブレットを使った面会を推進すべく、永寿総合病院の廣橋猛医師を中心にクラウドファンディングを行ってテレビ電話面会を広めようとする活動も始まっています。
緩和ケアを受けている患者さん自身が、感染しないように、不急不要な外出や3蜜を避けること、手洗いやうがいの励行、家庭においては家族一人ひとりが感染予防すること、互いに心や身体のことを気遣うことが大事だと思います。

家族でもし緩和ケアを受けている患者さんが新型コロナウイルスに感染した場合のことを事前に話し合っておくことも大切だと思います。

~Question2~
鈴木)
次に、緩和ケアにおいて薬物療法で疼痛コントロールが良好にできている患者さんの場合と疼痛コントロールが上手くできていない患者さんの場合の対応について教えて頂ければと思います。

加賀谷)
疼痛コントロールの良し悪しのいずれについても、患者・家族の対応としては感染する機会を積極的に避けるためにも3蜜の場に出向かないことが重要なことです。
在宅医療を継続している場合は、疼痛コントロールが良好ならば、できるだけ医師とはオンライン診療やビデオ面会に関しての相談をされてもいいのではないでしょうか。

疼痛コントロールが上手くできていない患者さんの場合は、やはり医師に受診し疼痛コントロールの評価をしていただき、薬物治療の見直しや日常生活での対応のプランを訪問看護師、在宅医療担当薬局の薬剤師などの連携が重要になると思います。

~Question3~
鈴木)
新型コロナウイルス問題下において、在宅で緩和医療を受けている患者さんが家族と接する場合、あるいは医療者と接する場合の注意点などを教えてください。

加賀谷)
家族で風邪症状や発熱がある場合は、緩和ケア対象患者さんに近づかない。
手洗い、うがいの励行、共有利用するものの消毒、家庭内でもマスクの着用も考慮したいものです。

医療者に対しては、①可能な限り外来受診を遠隔診療や処方箋のFAX等の発行で置き換えていただけないか主治医に相談する。②在宅での緩和ケアに関する相談をウェブ上でできるようにしていただく。なども患者さんの状態によっては医師に相談されるのがよいと思われます。

~Question4~
鈴木)
新型コロナウイルス問題で孤独感を味わっている患者さんも多いと思いますが、そのような患者さんに対する薬物療法の注意点を教えてください。

加賀谷)
がん患者さんのための新型コロナ対策が日本対がん協会https://www.jcancer.jp/coronavirus)からアップされております。
国立がん研究センター精神腫瘍科 清水研 先生の動画には心の不安の対処方法やサイコオンコロジストとしてのアドバイスを見ることができます。

その中で、一つの例として
◆家族との付き合い方
基本ルール:お互いの領域に踏み込まない
理想   :お互いの気持ちを理解する
工夫   :努めて距離を取るようにする・相手を変えるのは難しいという前提に立つ・アイメッセージで伝える
がん患者はリスクが大きい。心配だから手洗いに協力してくれないか。

ここでは、抗不安作用薬のお話より、むしろ精神腫瘍医として患者さんや家族に向けての対処の仕方や、日本緩和医療学会では、COVID-19による咳嗽への対応としては
COVID-19による呼吸困難への対応としてはhttps://www.jspm-covid19.com/?p=169に示されています。

~Question5~
加賀谷)
新型コロナウイルス問題においては外出自粛で、家庭で過ごす時間も多くなった反面お酒の消費量が増えているという報道されていますが、鈴木先生にお伺いしたいのはアルコール依存症が増えてはいないのでしょうか。

鈴木)
ケージ内にトンネルや梯子などの遊び道具を置き、飼育も雌雄同居とするなど豊かな環境と遊び道具もなく、一匹飼いで孤立した環境で飼育されたラットを用いてアルコールやモルヒネ水溶液と水の嗜好性を検討した論文が報告されています。その結果によりますと、豊かな環境で飼育されたラットは通常の飲料水をほとんど摂取しますが、孤立した環境で飼育されたラットはアルコールやモルヒネ溶液を好んで摂取することを明らかにしています。また、我々が行った研究では、体罰のような肉体的ストレス、例えば軽い電撃ストレスを与えて、アルコールの嗜好性を評価すると、その嗜好性が明らかに高まります。さらに、社会的ストレスとしてアクリル板越しにラットが虐められている状況を見せると、やはりアルコールの嗜好性が高まることを明らかにしています。このような、現象から考察しますと、新型コロナウイルス問題において外出自粛で、家庭で過ごす時間が増え、家族団欒など楽しく時間を過ごせれば良いですが、反対に孤独感を味わって isolation stress を感じていれば、アルコール摂取が増えてアルコール依存症の問題が起きてくることは十分に考えられます。このような問題は日本アルコール・アディクション学会でも提言を発表しています。

~Question6~
鈴木)
熱や怠さなど自身で新型コロナウイルスの症状が疑われる時に、市販の風邪薬や鎮痛剤などを使用する時の注意点を教えてください。

加賀谷)
COVID-19感染症による発熱の際に、解熱薬としてイブプロフェンを服用することの是非が、フランス保健省から発表されWHOは3月半ば非ステロイド性抗炎症薬のイブプロフェンを自らの判断では服用しないように呼び掛けた。この情報は瞬く間に世界に広がったが、数日後にWHOはこれを撤回した。

この見解は、日本緩和医療薬学会の患者さん向けメッセージの
2.鎮痛薬関する事項について
市販の風邪薬を購入する際(アセトアミノフェンが推奨)には、主成分が処方薬と重複する可能性があるため、必ず薬剤師に相談をしてください。また服用して4日以上経過しても症状の改善が見られない時には保健所へ相談をするようにしてください。
体調がすぐれない時(発熱や倦怠感、味覚異常など)にはきちんと医療機関への相談の上、受診するようにしてください。
(注1)鎮痛剤とは、専門的には「非ステロイド性抗炎症薬(NSAIDs)」と呼ばれる炎症を抑える作用、熱を下げる作用のある鎮痛剤の総称で、アスピリン、イブプロフェン、ロキソプロフェンなど癌の痛み止めとして処方されるほか、市販の風邪薬、鎮痛薬等によく含まれている成分のことです。なお、新型コロナウイルス感染症ではまだそのような例は報告されていませんが、インフルエンザによる脳炎・脳症を悪化させる懸念があることから、インフルエンザによる発熱に対する使用は推奨されておらず、特に脳炎・脳症を伴う場合は、一部、禁忌とされています。

フェンタニル貼付剤(商品名:フェントス、デュロテップMTパッチ、ワンデュロ、フェンタニルクエン酸塩1日用テープ等)は、特性上、発熱がある場合には一過性に薬の吸収が高まり、眠気やふらつきがでたり、貼付剤を貼り替える前に痛みがでたりすることがあります。もし発熱の症状があるときには、体調の変化や痛みの変化に注意し、普段と違うようであれば医療機関に相談するようにしてください。

~Question6~
鈴木)
今回の新型コロナウイルスの対応について緩和医療関連学会や団体では、対応としてどの様な動きがあったのでしょうか。

加賀谷)
日本緩和医療学会では、まずすぐに学会員に向け、感染拡大のスピードを遅らせて、できる限り多くの人の命を救うこと。

具体的な4つの提案
1.私たちが日頃行っている業務を見直す
2.自分自身の感染予防の対策を行うとともに、自分がウイルスを持ち込んで広げないように最大限の努力する。
3.できる限り患者さんや家族の感染機会を減らす。4.患者さんとご家族等のコミュニケーションを面会以外の方法で可能な仕組みを作る。(病室での携帯電話の使用、スマートフォン等のテレビ電話の利用、ウェブシステムの利用等が必要不可欠になり、環境の整備が求められる)

COVID-19関連ワーキンググループを設置し、ホームページを開設した。
https://www.jspm-COVID19.com/?p=1

日本緩和医療薬学会からは、患者さん・ご家族へのメッセージが出された。
1.日々の生活の中での注意する点(がん患者さんの免疫力の低下の件)
2.鎮痛薬に関連する事項
3.診察・薬の処方について
(処方せんの送付、薬の受け取り、オンライン診療について)
4.消毒薬について

緩和医療薬学会と緩和医療学会でオピオイドレスキュー薬処方の共同提案
(オピオイド定期処方薬は30日処方が認められているにかかわらず、レスキュー薬の処方回数に10回までなどの回数制限が設けられている。レスキュー薬は概ね1日4回までの使用であれば妥当とされており、定期処方日数(30日)X4回分のレスキュー頓用処方が可能となるよう要望)

緩和ケアの課題を感じているのは世界共通であり、先日JAMA(米国医師会雑誌)に、「COVID-19時代のがん患者の緩和ケア」として次のような内容が記されていました。

外来患者への緩和ケア…「コロナによる隔離」に対し医療用麻薬処方を遠隔診療で対応。ホスピスの紹介。入院の予防。新規患者のための遠隔医療の確立。遠隔医療の技術的困難へ対応するなど。

◎COVID-19陽性の入院患者への緩和ケア…主治療チームへの支援と負担軽減。症状の悪化による恐怖や予期悲嘆に情報提供などして対応。終末期の薬物調整。治療やケアのゴールの策定など。

◎COVID-19陰性の入院患者への緩和ケア…「(他はCOVID-19になっているのに)自分はなっていないということへの罪悪感」などの気持ちに対して、集学的チームによる支援およびカウンセリングを提供。

新型コロナウイルス感染症とのたたかい:ホスピス緩和ケアは何ができるかNPO法人日本ホスピス緩和ケア協会 理事長 志真 泰夫

はじめに 新型コロナウイルス感染症が拡大し、世界規模で危機的な状況が生じています。日本においても、時々刻々と状況は変化しており、政府から全国すべての地域を対象に4月17日~5月6日まで「緊急事態宣言」が出されました。新型コロナウイルスの感染者の急速な増加という、私たちが今まで経験したことのない危機的な状況の中で、私たちは何ができるかが問われています。日本ホスピス緩和ケア協会はこの危機的な状況にどう対応すればよいのか、会員のみなさんと共に考え、行動を呼びかけます。今、目の前にある危機的な状況を認識する 私たちは、急速な新型コロナウイルス感染症の拡大に対して、次の3つの認識を共有したいと思います。

1.私たちが毎日診療やケアを行っている患者さんが、そして私たち医療従事者のすべてが、新型コロナウイルス感染症に罹患する可能性があること。
2.私たち医療従事者の現在の目標は、医療体制の崩壊をどう防ぐか、そのためにそれぞれの臨床現場で集団感染をどう防ぐか、ということ。
3.そして、この危機的な状況の下で私たちホスピス緩和ケアに携わる者が、いま何をすべきか、これから何ができるか、が問われていること日々のケアと業務を見直し、これからに備える。
4.新型コロナウイルス感染症のリスクを減らす どこのホスピス緩和ケアの臨床の場でも、できるだけ質の高いケアを提供するために、限られた人員の中で精一杯の努力をされていることと思います。しかし、いまの危機的な状況の下では、通常時と同じケアを提供しようとするよりも、非常時のケアに切り替えることが大切です。そして、私たち自身に体調変化があった時、迷わずその日からいったん休むことができるようにケアの提供方法に少し余裕を持たせることが大事です。それが集団感染のリスクを減らすことにつながります。
5.非常時に備えて、ケアの目標とやり方を変える 勤務できるスタッフが減少した場合を想定して、業務を見直すことが必要です。また、お互いの感染予防のためにチームが集まって対面で行うカンファレンスや回診を減少・中止したり、チームメンバーの一人が感染しても全員が自宅待機にならずにすむようにスタッフを少人数のチームに分割したりする工夫も必要です。在宅では訪問回数を減らすことや、自宅からの直行直帰を原則にする必要もあるかもしれません。そして、ホスピス緩和ケアを必要とする人たちに、病院で、そして在宅で、ケアを提供し続けることを目標としましょう。
6.困難な中でこそ「つながり」が大切である 病院では、新型コロナウイルス感染症対策のためにご家族の面会が制限されたり、禁止されたりしています。しかし、ご家族との「つながり」は、患者さんにとって大きな力であり、慰めです。社会的距離を取ることが感染予防の基本だとしても、困難のなかで生きていくためには、患者さんとご家族をこれまでとは異なる方法でつなぎ、「つながり」を感じられるよう工夫することが必要であり、とても大切です。
7.今こそ、これまでに培ったものを活かすホスピス緩和ケアの臨床で、患者さんとご家族をケアの一つの単位としてとらえ、患者さんの抱える全人的苦痛にしっかりと対処する様々な技術と能力を私たちは培ってきました。この危機的な状況において、患者さん、ご家族、同僚、そして自分自身に対しても、私たちが培ってきたものをそれぞれの場で活かしましょう。

おわりに

現在の状態は非常事態であり、大災害とも言える危機的な状況です。地域のニーズに応えるためにホスピス・緩和ケア病棟の役割を一時返上した、という知らせが協会に届いています。胸が痛みます。この大災害のなかで、私たちができることを、これまでの役割に限定せずに大きく変えていかざるを得ないかもしれません。そんな状況でも前を向いて、一歩一歩、共に歩んでいきましょう。