第2回 国立精神・神経医療研究センター病院精神科医師 松本俊彦先生

対談担当者:鈴木 勉(一般社団法人 医薬品適正使用・乱用防止推進会議代表理事)

松本俊彦先生のご略歴


国立精神・神経医療研究センター病院精神科医師,
国立精神・神経医療研究センター精神保健研究所薬物依存研究部 部長,
精神保健指定医, 精神保健判定医, 精神神経学会精神科専門医

1996神奈川県立精神医療センター芹香病院・せりがや病院医員
2000横浜市立大学医学部附属病院精神科助手
2003横浜市立大学医学部精神医学教室医局長
2004国立精神・神経センター精神保健研究所司法精神医学研究部専門医療・社会復帰研究室長
2007国立精神・神経センター精神保健研究所自殺予防総合対策センター自殺実態分析室長
2008国立精神・神経センター精神保健研究所薬物依存研究部室長(併任)
2010国立精神・神経医療研究センター精神保健研究所自殺予防総合対策センター副センター長
2015国立精神・神経医療研究センター精神保健研究所薬物依存研究部部長
2017国立精神・神経医療研究センター病院 薬物依存症治療センター センター長

『シリーズ:オピニオン・リーダーとの「対談」』
第2回の対談は、医療現場で薬物依存症に対する専門的治療プログラムの開発に取り組んでいる松本俊彦先生にお願い致しました。

~Question1~
鈴木)
モルヒネのようなオピオイド鎮痛薬はがん性疼痛や慢性疼痛の治療に広く使用され、必要不可欠な薬となっています。WHOでは世界各国のオピオイド鎮痛薬の必要量と使用量を調査し、その結果、カナダ、米国、ドイツなどは必要量の2倍以上も過剰使用しており、一方日本は必要量の15.5%しか使用していないという結果が報告されています。これを反映して、米国ではオピオイドクライシスが大きな社会問題になっています。まず最初に、先生が隔年で調査されている日本の薬物依存・乱用の実態をお教えいただけますでしょうか?

松本)
私どもの研究では3つの種類の実態調査を行っております。
全国の住民調査、中学生の調査、全国の精神科医療機関における患者の調査です。
あくまでも比較論の話ですが、まずどの調査でも共通して言える事は、やはり日本は欧米と比べると薬物の問題はかなり少ないと言う事が言えると思います。
そして中学生などですと、規制薬物の乱用と言うのは明らかに顕在化してこないのですが、一般住民レベルの生涯経験率で言うと、これまではずっとシンナー(有機溶剤)が多かったのですが、直近の2017年に行った調査ではついに違法薬物のなかでは大麻が一位になってしまいました。

大麻が広がっている理由はいくつか考えられます。まず、シンナー自体の乱用者がどんどん減ってきたために相対的に目立つようになったと言うのはあるでしょう。それから、2011~2014年までの、脱法ハーブなどの危険ドラッグの乱用ブームで耕された層が、危険ドラックが手に入らないということで大麻に手を出すようになった可能性もありえます。それから、欧米などで大麻使用を許容するような政策が、もしかするとわが国の人々にも何らかの間接的な影響(たとえば海外渡航時に体験するなど)といったかたちで影響している可能性もあるでしょう。

医療機関・精神科医療の現場においては、この10年間、乱用薬物の変遷というか、栄枯盛衰は実に目まぐるしいものがありました。
まず覚せい剤が依然として医療の現場では一番問題となっている薬物であり、患者の約半数が覚せい剤の関連障害と言う形で占められています。
それ以降が随分と変わって来ていて、ついに2010年には減り続けていた有機溶剤(シンナー)を抜いて、睡眠薬や抗不安薬などのベンゾジアゼピン受容体作動薬、いわゆる「処方薬」が第二位になりました。そして次の2年後の調査では危険ドラッグが突如として増加し、そういう状況が大体4〜5年続いたわけです。
様々な規制強化によって、医療の現場からも、新規の危険ドラッグの乱用患者はほとんど見られなくなり、再び第二位にベンゾジアゼピン受容体作動薬の関連障害の患者が第二位に戻ってしいました。

海外と比べて顕著な特徴は何かというと、まず一つ、オピオイドの関連障害の患者が非常に少ないということです。
これが日本の一番大きな特徴であると思います。
それと裏腹な関係にあるのかもしれませんが、精神科臨床等で使われるベンゾジアゼピン受容体作動薬の乱用患者の割合が海外に比べると多く占めているというような印象があります。

~Question2~
鈴木)
危険ドラッグや鎮静催眠薬のこれまでの乱用実態やオピオイド鎮痛薬の慢性疼痛への適用拡大などを考えると、オピオイド鎮痛薬の乱用の可能性は如何でしょうか?

松本)
それは非常に危惧しているところです。
たとえば欧米、特に米国などでは、ベンゾジアゼピンに対しての処方に関しては非常に厳しいスタンスがかねてよりありました。その分、アクセスしやすい乱用薬物として医薬品として、オピオイドの方が突出してしまったという可能性は十分に考えられます。一方、それとは反対に、日本の場合には、オピオイドの代わりにベンゾジアゼピンという医薬品が乱用対象となってきたのかもしれません。
しかし、がん性疼痛に対するオピオイド投与が推進され、様々な新薬も搭乗しています。これに加えて、がん性疼痛以外に慢性疼痛に対してもオピオイドの適用が拡大されています。こうした状況が社会にどのような影響を与えるのかについては、今後、慎重に見ていかなければならないと思います。
いずれにしはても、「痛み」という症状に対する薬物療法には独特のむずかしいさがつきまといます。というのも、そりは定量的な測定が非常に難しいからです。がんによるものであれ、それ以外の身体疾患によるものであれ、痛みというものは、疾患の長期経過のなかで様々な心理社会的痛み――いわば「心の痛み」です――が加わり、複雑になっていく性質があります。
そのなかで医療者が果たす影響は無視できないものです。というのも、我々自身も痛みというものに弱いのですが、目の前にいる他人の痛みにも弱いところがあります。まして自身が医療者として資格を持ち、その痛みをやわらげる能力がある場合に、「何もしないでいる」というのはとてもつらいことでしょう。医療関係者と言うのは基本的には善意で動いており、「患者様の苦痛を何とかしてあげたい」「患者様の苦痛を取り除き、感謝されたい」という気持ちが強い人たちです。しかし、その善意が妙な事を生む可能性がある――それが難しいところなのだと思います。

~Question3~
鈴木)
オピオイド鎮痛薬の乱用を未然に防止するためにはどのような対策が必要でしょうか?
(医療者、患者・家族、行政、企業)

松本)
医療者に対する対策ですが、やはり教育が大切です。私自身も医学部を出て医者になったわけなんですけれども、思い返すと、医学部における卒前の教育課程では薬物乱用・依存に関する教育など、まったくありませんでした。これは、今日でも大して変わっていないでしょうし、医学部だけではなく、看護学部でも同様であると思います。
その結果、案外、最も依存性薬物に対して警戒心が乏しい職種が医療者である、という皮肉な事態になっている可能性があります。たとえば、夜勤や交代勤務など不規則な労働時間に順応するために、医者や看護師のなかにも、安易にベンゾジアゼピンを日常的に使っている者が少なくありません。「自分もよく服用しているけど、安全だよ」などと説明して、患者に勧める医療者さえいるほどです。こうしたところにも、医療系大学での卒前教育がおろそかにした結果が現れているのではないでしょうか。
ですから、卒前卒後で薬物依存症と言うものに関してしっかりと学ぶ必要があると思っています。もちろん、オピオイドの慢性疼痛への適応拡大という問題だけでなく、がん性疼痛への使用に関しても十分な検討が必要です。というのも、医学はどんどん進歩しており、がん治療の成績は年々改善し、がん患者の予後も伸びているからです。緩和医療の現場では、当初の予想よりも長くオピオイドと付き合っていかなくてはならないがん患者が多数出てきており、そのなかでオピオイドの不適切な使用が見られるようになっています。
そういう意味でも、まず医療者に対して、薬物乱用・依存に関する教育を徹底していかなければならない、と思います。

患者や家族に対して心がけることとしては、薬物乱用・依存について医師と率直に話し合える治療関係作りが大切ではないかと思います。
緩和医療の先生方がよく用いる言葉として、「ケミカル・コーピング」という用語があります。要するに、これは、厳密にいえば医師の指示から逸脱したオピオイドの服用パターンを意味し、私たち依存症の専門家からみれば、明らかに「薬物乱用」そのものです。
ただ、緩和医療の先生方によれば、オピオイドを長期使用するなかで、こうした間違った使い方をする患者が意外と多く、そのような事態に対して、「それは薬物乱用だよ」と指摘すれば、患者はそれを叱責と捉え、強い罪悪感から、次第に患者は、そうした使い方をしている事実を隠し、医師に嘘をつくようになってしまうでしょう。それでは、不適切なオピオイド使用を、早期の、それこそ萌芽的な段階で、患者と話し合うチャンスが失われてしまいます。
その意味で「ケミカル・コーピング」という用語に期待するところがあります。かつて私は、「ケミカル・コーピングなんて耳障りのよい言葉を使っても、結局は単なる薬物乱用じゃないか。このような中途半端な言葉を使うことによって、かえって乱用・依存・中毒の概念を混乱させるだけではないか」と批判的に考えていました。
しかし、最近は少し考えが変わってきました。もしかすると「ケミカル・コーピング」という言葉は、「乱用」という表現よりも、患者に罪悪感や恥辱感を抱かせずにすみ、結果的に、薬の使いすぎについて率直に話しやすい治療関係を作るかもしれないとも考えています。もちろん乱用は防ぐべき問題ではありますが、そうはいっても、治療経過中、がん性疼痛あるいはそれ以外の痛みに対して、知らず知らずのうちに薬を使用してしまう患者は一定の割合でいるものです。そうした場合、少しでも早期に患者自身がそれを自覚し、医療者とそのことについて話しやすい環境があれば、依存状態へと重症化する手前で引き返すことができます。その意味では、患者に対する疾病教育のなかでは有用な言葉であるのかもしれません。

行政・企業に対してですが、単に規制対象を拡大するだけでなく、医薬品として有用な可能性のある治療薬を安全に患者様に届ける工夫もお願いしたいと思います。
参考になるのは、メチルフェニデート対策です。かつてメチルフェニデートの錠剤であるリタリンの乱用・依存が深刻な社会問題となりました。最終的には殺人に至るような暴力事件まで発生しました。そして、乱用者にそうした薬物を供給していた、いわば「売人」が我々と同業の医療関係者であったという事実は、とてもショッキングなことでした。

こうした事態を受けて、2007年にリタリンの処方が規制され、新たなメチルフェニデート制剤としてコンサータという、いわゆる乱用防止製剤が搭乗し、処方医の制限と薬剤の流通管理が徹底されるようになりました。
これらの対策は大成功であったと思います。というのも、我々が隔年で行っている病院調査で見てみると確実にリタリンの乱用者は減ってきているからです。一方、コンサータの乱用者が増えているかと言うと、いまところは、そうした兆候はまったく見られていない状況です。
やはり、ある疾患によってはどうしても依存性のある薬が必要である、その時に大切なのは、一つは徹底した流通管理、あるいは処方医と投薬を受ける患者の管理を行う、これは非常に有効であると思います。そして、乱用防止製剤の導入も必要でしょう。なかなか砕けにくい形状のものは、一定の効果があると思います。
こういった仕組みをきちんとしながら、医療上必要な薬はしっかり患者に届けられる仕組みを作っていって頂きたいと思っています。

~Question4~
鈴木)
国際麻薬統制委員会 (INCB) の統計によると全鎮静催眠薬とベンゾジアゼピン系薬物の使用量は日本が世界でそれぞれ2位、先進諸国の中ではトップとなっています。このような状況へのご意見と対策についてお考えをお聞かせください(医療者、患者・家族、行政、企業) 。

松本)
日本におけるベンゾジアゼピンの処方薬の多さの背景には、変な言い方ではありますが、わが国における「医療アクセスの良さ」が無視できない影響を与えているように思います。
と言うのは、アメリカ等では病院にかかると言うのは非常にお金がかかることなんですね。1ヵ月間入院していたら何百万円もかかってしまいます。ですから、精神科の通院も日本のように毎週とか隔週といったペースでは経済的に持ちません。3か月に一回といった間隔の空いたものとならざるを得ず、治療薬の処方もそれこそ一度に90日分、「瓶ごと」だったりします。しかし、少なくとも精神科治療薬に限っては、乱用・依存はいまのところ深刻な問題となっていません。
英国などでは医療は基本的には国が行っているわけなので、医療費は日本以上に安いですが、その分、専門医療へのアクセスが悪いという欠点があります。まずかかりつけ医からスタートしなければならず、そこからの紹介がなければ、なかなか専門医にはたどり着けません。その意味では、医療費は安いけれども専門医アクセスが非常に悪く、結果的に、精神科治療薬を入手しづらいという事もあります。
また、例えば不安や不眠に対しては、薬物療法の前にまずは認知行動療法やサイコセラピーなどの心理療法という流れになっています。これも、医療が原則全て国営であり、医療者の人件費が安くからこそできることだと思います。日本やアメリカでそれをやろうとすると大変な人件費がかかって高額になってしまいます。
その意味で、日本は医療費が安く、専門医療へのアクセスが良い恵まれた国です。しかし、それだけに、最も低コストで時間のかからない医療として、ベンゾジアゼピンなどの薬物療法に偏重した医療が、広く国民に提供されてきた経緯があるのだろうと思います。それによって、様々な生きづらさを抱えている患者は一時的に苦痛が緩和されるというメリットがあるのでしょうが、ベンゾジアゼピン自体には強い身体依存があります。したがって、「苦痛の緩和」が強化因子になって、量や服用頻度が増えていき、コントロールを失ってしまっている患者さんもいるわけです。

先ほども申し上げましたが、医学教育の中できちんとした教育がなされてこなかったと言う気がしています。
今でこそ病棟での薬の管理は相当厳しくなりましたが、恥ずかしながら私が医者になった25年前では患者が飲みきれず退院して行った頓服薬の残薬をスタッフが持ち帰ったりしていました。
ですが、こういう事があったからこそ10年後位からベンゾジアゼピンの問題が社会問題化してきたのであろうと思います。
まずは医療者がきちんと気持ちを引き締めると言うことから始めていかなければならないなと感じます。

そして精神科医療の現場で言えば、かつて精神科医療の中で中心的な疾患は統合失調症でした。統合失調症は非常に長期にわたる治療が必要な病気です。しかし自分が病気であると言う自覚はなく、なかなか治療に同意してくれませんし、薬も飲みたがりません。ですから精神科医の努力のほとんどが、どうやって患者に薬を飲ませるかということに集中してしまい「いつ・どうやって止めるか」とはほとんど考えられなかったんです。
ところが今、精神科医療の中心がいわゆる鬱や、健康な人たちがストレスにより起こりうるであろう病態が中心になってきています。
こういう時に統合失調症のように、「いつ・どうやって止めるか」を考えずにとにかく飲ませる、と言う方向に医療が進んできた状況の中でこういったことが起こっているのだと思います。
ですから我々ももう少し考え方を変えて、今この人には薬が必要だけれど、どのようにして減薬していくか、どのように止めていくかという事を最初に考えながら処方する時代になって来ているのだと言うふうに思っています。

ベンゾジアゼピン乱用・依存の問題を患者だけの責任にすることはできません。我々が行った調査ではベンゾジアゼピンの乱用・依存の患者の約84%が、一般精神科治療の中で依存か乱用が合併しています。これは医原病といってよいでしょう。
しかも合併した患者さんたちのうち初めてベンゾジアゼピンを処方されるときに依存性について医者から説明を受けている人は32%しかいないんです。ですからそれを医療者はきちんと説明する事が必要だと思います。

また患者の中には、幼少期の虐待やいじめ、人に対する不信感や不安感を強く持っている方たちが居ます。その様な人たちは「悩みを打ち明ける」と言うことがとても苦手になっていて「とにかく薬で解決したい」「また私の悩みに立ち入ってほしくない」と言う人たちもいるんですね。
あるいは暴力を振るうパートナーとの生活に耐えるために、薬を飲んでいる患者もいるんです。
でもそれは本当に正しいことではなく、解決すべき現実的な問題を解決したり、環境を調節することがまず第一だと思います。
その上でダメならば薬と言うことだと思います。
また、とても頑張って働いているサラリーマンが睡眠剤を飲んだりしていますが、実は一日中、エナジードリンクを沢山飲んでいたりして…それで夜眠れない…と言うようなこともあります。
そういった意味では、医療者だけでなく、一般に人たちにも睡眠衛生教育のような知識をもっと持って欲しいと思っています。

そして行政・企業に関してということですが、特に行政にひと言申し上げておきたいです。私は、2010年位から様々なデータをもとに、ベンゾジアゼピンの問題を訴えてきました。それに対して国は様々な多剤処方への診療報酬の減算をしてきました。次年度に出てくる平成30年度の診療報酬の改定では、一年以上の投与に関しても減算がなされるとのことです。
このことに関しては悪い事ではないと思っています。このように少しずつ時間をかけて多剤処方や漫然とした長期の処方を制限していきながら、最終的には、英国など一部の欧米のようにベンゾジアゼピンの処方期間の制限という方向に行くべきであろうと思っています。
しかし、今までやってきた政策は基本的には医療費の削減に資することばかりです。というか、本当のところは、ベンゾジアゼピンの問題を医療費削減の口実にしているのではないでしょうか。
一体何ゆえに医原性にベンゾジアゼピン乱用・依存が生じたのか、なぜわが国の精神科医療は薬物療法偏重なのか、その理由をちゃんと考えてほしいのです。それは、薬物療法が一番時間もコストもかからない治療法だからです。本当は、専門職がもっとじっくりと話を聞き、様々な職種の援助者がチームを組んで患者の支援をする、つまり「人」こそが最大の「薬」なのです。しかし、一番コストがかかるのは人件費です。だから、しかたなく「薬」なのです。
この十数年、精神科通院精神療法の診療報酬は確実に減少傾向にあり、医師はどんどん一人ひとりの患者に時間をかけることができなくなっています。わが国の薄利多売のような医療をどう変えていくのか、そこをきちんと考えてほしい。もう少し保健医療福祉に財源を割いて頂き、根本的な解決を図ってほしいと思います。

薬に関して言えば、我々もオレキシン受容体拮抗薬などは良く処方していますが、それが本当に問題がないかと言う事は時間が経たなければわかりません。Z系(非ベンゾジアゼピン系の医薬品)等も出た当初は安全だと言われていました。しかし、問題が出て来たのは10年経ってからなんです。
医学は常に失敗を繰り返して進歩していくものなので、われわれ医療関係者は、常に警戒をしなくてはいけないし、企業もあまり口当たりの良い事ばかりを言うのではなく慎重に営業していて欲しいと思っています。

~Question5~
鈴木)
最後に、医療用に使用されている規制薬物は適正使用の推進と乱用防止の推進という相反する啓発活動を行う必要があります。このことを上手く行うために必要なことをお話しいただきたいと思います。

松本)
おそらくこれは学校の生徒に対する乱用防止教育や、一般の人に対する予防啓発といった事を視野に入れたお話になると思いますが、その中で私が兼ねてから気になっているのが「ダメ。ゼッタイ。」の様な予防教育が効きすぎてしまっているのではないかと思います。これは鈴木先生もおっしゃっていたように適正使用に関して誤解を深めていくと思いますし、乱用防止という観点でも非常に偏見を強めてしまいました。
問題を抱えている本人や家族が新薬にアクセスしにくくなっているという事もありますし、そういう意味で私は「ダメ。ゼッタイ。」をもっとニュートラルな形に出来ないか、とも思っているんです。

なぜこんなことを言うかと言うと、私どもの病院調査で敢えて患者たちを10代だけに絞って最も使われている乱用薬物について調査しました。
その結果、男女共に一貫して多いのは市販薬(鎮痛薬や感冒薬)なんです。
1980年代後半は市販の咳止め薬や目薬等が問題になった時期があります。それと同じ様な成分は一般の感冒薬にも入っていますし、鎮痛薬の中にはカフェインとともに若干の依存性がないとは言えない成分が入っているわけです。
特に女子の場合では生理痛などの問題もありますから、市販薬との距離がとても近いんですね。
彼らは色々な生きづらさを抱えています。
生理や身体・頭の痛み等とは別の痛みに対しても市販薬を使っています。
実は薬物乱用の最大の問題は市販薬なんです。
ですが私たちは「だから使うな」とは言っているわけではないんです。
痛みとの正しい付き合い方を学校の健康教育の中でして欲しいんです。
痛みをただ根性で耐えるのが良いことだとは思ってはいません。
鎮痛薬というものはどの様な効き方をして、どんな使い方をすればいいのか。
生きづらさを抱える子はしばしば頭痛持ちです。それで鎮痛薬をよく服用しています。しかし、鎮痛薬の飲み過ぎによってかえって頭痛が増強することもあるのです。その意味で、適切な痛みや鎮痛薬との付き合い方とはどのようなものか、逸脱的な使用とはどのような事態をいうのか、万一逸脱してしまった場合にはどのようにして助けを求めていけばいいのか。
特に薬物乱用のリスクが高い子たちは、親もアルコール依存の問題を持っていたり、メンタルヘルスの問題を抱えていたりします。
ですから、学校のカリキュラムも年々厳しくはなっているとは思いますが、統合的な健康教育に時間を割いてほしい、その中でこの適正教育・適正使用の推進や薬物乱用の防止と言うような矛盾しているからこそ実現するような教育をしてほしいなと思っています。

薬物乱用依存と言う領域の面白いところは、「依存性のあるモノ」だけではなくそれが「流通しやすい社会」と「それを使用する個人」この三者なのです。ですから、この三者を統合した目線で啓発を進めていくと言う事が必要だと思います。
(原稿作成:平成30年3月14日)

第2回目の『シリーズ:オピニオン・リーダーとの「対談」』では、松本先生にオピオイド鎮痛薬の日本における乱用の現状、慢性疼痛への適用拡大による乱用拡大の可能性、オピオイド鎮痛薬の乱用防止を未然に防止するための対策、一方鎮静催眠薬、睡眠薬の日本における乱用の現状とその対策についてもご紹介頂きました。
さらに、今後の課題として「市販薬の乱用」を挙げられており、市販薬の適性使用についてもしっかり取り組む必要性を強く感じました。
本企画に賛同いただき、ご協力いただきました松本俊彦先生に感謝申し上げます。
2018年3月25日 鈴木 勉

鈴木勉(すずきつとむ)プロフィール
◆1979年星薬科大学大学院博士課程修了、同大学助手、講師、助教授を経て、1999年教授、2015 年特任教授・名誉教授
◆1984-86年ミネソタ大学医学部および米国国立薬物乱用研究所研究員
◆2002年WHO薬物依存専門委員会委員、2013年厚労省薬事・食品衛生審議会指定薬物部会長、2015年麻薬・覚せい剤乱用防止センター理事等
◆日本薬理学会理事、日本アルコール薬物医学会理事長、日本緩和医療薬学会理事長等歴任
現職:星薬科大学特任教授・名誉教授