第8回 日本ペインクリニック学会代表理事・洛和会丸太町病院院長 細川 豊史 先生

対談担当者:加賀谷 肇(一般社団法人 医薬品適正使用・乱用防止推進会議 副代表理事)

細川豊史先生のご略歴

1981年 京都府立医科大学医学部医学科卒業
1991年 京都府立医科大学医学部助教授
1991年 ドイツ連邦共和国デュッセルドルフ大学留学(文部省在外研究員)
2005年 京都府立医科大学附属病院疼痛緩和医療部・部長
2006年 京都府立医科大学附属病院疼痛緩和医療部・病院教授
2010年 京都府立医科大学疼痛緩和医療学講座・教授

洛和会丸太町病院 院長
洛和会ヘルスケアシステム 理事
日本ペインクリニック学会 代表理事
日本緩和医療医療学会 監事
日本慢性疼痛学会 理事長
京都府立医科大学 名誉教授

~Question1~
加賀谷)

薬物乱用・薬物依存に関する最近の話題や問題点をお聞きしたいのですが?

細川)

私自身が関わっているのは、ペインクリニック(痛み全般の治療)と緩和ケアです。この分野で、現在、世界的に問題になっている薬物依存や乱用は、オピオイド鎮痛薬です。薬剤全般に関してはエチゾラムに代表されるベンゾジアゼピン系の眠剤や抗不安薬です。ときには、NSAIDsでも乱用・依存は起こりうるし、最近では、砂糖による精神の高揚化も問題視されてきています。

オピオイド鎮痛薬の依存と乱用
今日は、私が最も関与している日本ペインクリニック学会、日本慢性疼痛学会、日本緩和医療学会などに関連する薬物依存の問題点についての話として、オピオイド鎮痛薬の依存と乱用が中心となります。
1980年代半ばぐらいから、“COX-1選択性の高いNSAIDs”の副作用である胃腸障害や腎障害、心筋虚血について、全世界的にマスコミや学会で大規模なネガティブ・キャンペーンが巻き起こりました。
これに合わせるように、胃腸障害の少ないCOX-2選択性の高いNSAIDsが上市され、各国において学会、研究会、専門誌上でNSAIDs関連のシンポジウム、特集やその使用ガイドラインの作成などがメインテーマとなりました。
それにより60歳以上の高齢者には、腎障害心筋虚血の問題があるため、NSAIDsはなるべく使用しない、もしくは禁忌であるという知見が、広範囲に流布されました。
若年者でも致命的な消化器障害が発現するとして、長期使用についてはやはり良くないとされました。
当時、痛みにはNSAIDsが世界的に常識だったため、「では、どうすればいいの」という状況の中で、オピオイド鎮痛薬が、20世紀の後半から2000年にかけて、アメリカを中心に急速にもてはやされるようになりました。
その追い風となったのが2000年に当時のクリントン政権の旗振りで、「2001年からの10年間を”痛みの10年“とする」という宣言を議会に提出し、それが採択されたことでした。
これは、慢性疼痛などの痛みにより、労働力が奪われ、これが国家の大きな経済的損失であるとして数字で示し、政治・経済問題として痛みの治療をどう考えるかということが国家的な政策として必要であるとの論理であり、この問題提起と共にその解決策を図るという方向性のもとに、痛みの研究を進めること、痛みを取るために鎮痛薬を中心とした治療を行き渡らせるということがその主な主張となりました。一見正論に見え、誰の目にも悪くないと思える提言だったのですが、一部製薬会社の利権的思惑と政治的な背景の利害が一致したという側面も当然あったわけで、過度なリアクションを起こしてしまいました。
オピオイド鎮痛薬に含まれるモルヒネなどのオピオイドは、それこそ人類史の初期から使用されてきたものですが、その功罪は常に論議されてきたものであり、近代史においては、アヘン戦争時代の中国や同時代のアメリカ合衆国(以下、アメリカ)におけるモルヒネ依存の歴史を冷静に見ていればれ、その問題点ははっきり見えていたはずです。
オピオイドの摂取は、痛みが取れるだけでなく、高揚感や多幸感があるため、よく使われてきたのですが、過量使用による呼吸抑制による死亡例やいわゆる乱用・依存で社会生活が営むことが出来なくなり、人生を棒に振ってしまうということは、何千年と前から何度も問題になっていました(細川豊史.オピオイドの功罪.麻酔(64)増刊号:S68-S77,2015)

米国におけるオピオイド問題
米国では、NSAIDsのネガティブ・キャンペーンが激しかった事とNSAIDsが使えないのに、それに代わる鎮痛薬が当時なかったため、国策をバックにした製薬会社の大々的オピオイド鎮痛薬使用推奨キャンペーンが結果として、専門外の医師が、初期の痛み治療の段階で簡単にオピオイド鎮痛薬が処方するという大変なことになってしまいました。
ご存知のように日本と異なり、アメリカでは、薬価基準などがなく、薬価を製薬会社が自由に決められます。最初は安く出てきて、もしいい薬と認識されてどんどん売れてくると、日本では普通安くしますが、アメリカでは、ここでドンドン儲けようと製薬会社が値段をドンドン上げていきます。これが、オバマケアでカバーされたアメリカの医療現場の一つの大きな問題点です。
もちろん一部の慢性疼痛の患者さんが、オピオイド鎮痛薬で救われているのは事実です。
しかし、オピオイド使用に関する基本的な教育や、歴史的背景も含めたその危険性の認識、処方する医師の教育規定等も無かったものですから、とにかく痛ければオピオイド鎮痛薬を簡単に誰でも出すと言うような状況だったわけです。
薬局で風邪薬を買って飲むというような感覚で、オピオイド鎮痛薬がどんどん使われ、また家族や友人、他人に譲渡するというようになってしまったわけです。
更には、慢性疼痛だけではなく急性期の抜歯痛やケガをした痛み、日帰りで出来るような手術などにも、痛み止めとして簡単に、2週間・1か月分のオピオイド鎮痛薬を処方するという様な事をやってしまいました。そうすると数日、1週間位で痛みが無くなったとすると余ったオピオイド鎮痛薬を家族や友人も使ってしまう。
我々が頭痛薬や風邪薬や胃薬を診療所で処方をお願いしたり、薬局で買ったり、周囲の人から分けてもらうというような感覚でオピオイド鎮痛薬を飲んでしまうようになってしまったわけです。これが、アメリカで乱用のpandemicが起こった理由の一つです。その乱用から、簡単に依存が始まってしまいました。正規に飲んでいる痛みのある患者さえも、当然依存がおこってしまう。さらに、親や知り合いから簡単に分け与えられたオピオイド鎮痛薬の滅茶苦茶な使用でさらにオピオイド鎮痛薬依存が拡がりました。
こういった大問題はすでに、2000年~2010年までに起こっていたのですが、ようやくアメリカのマスメディアで取り上げられたのが、2013年1月に日本でも報道されたCNNの特集番組でした。その内容は「合衆国では外来処方の強オピオイド鎮痛薬により、一年に26,280人が死亡している。これは、19分に一人が死亡、一時間に3人が死亡しており、大変な状況であるという衝撃的な報道でした。さらに、世界のオピオイド消費量の80%が、アメリカで消費されているとも、伝えられました。この番組には、“痛み治療と研究の10年”の第一の提唱者で推奨者であった“Bill Clinton”元大統領も出演し、友人の若い息子がオピオイド鎮痛薬の乱用で死亡したことを伝え、ネガティブキャンティーンに一役をかっていました。

日本では、さらに2017年8月19日の日本経済新聞で大きく取り上げられました。その後、アメリカでは、引き続いて、驚くような実態が公になりました。2015年にアメリカの医療対策センターが行った国内調査では、オピオイドを不正使用している人が、全米で1250万人であり、現在203万人がオピオイド依存症と診断されているというものでした。この頃には、オピオイド鎮痛薬の代替品としてヘロインが巷間ではドンドン使われるようになり、ヘロイン中毒の蔓延も始まっていました。両者を含めると、なんと一年に33,000人が米国内で死亡していると発表されました。
その後、アメリカでは、あまりに多くの依存・乱用と死亡者の激増に肝を冷やし、今度は逆に処方の規制を厳しくし、同時に何故かしら薬価が高くなり、乱用・依存者には、オピオイド鎮痛薬が手に入りづらくなりました。この時期にカナダでオピオイドの消費量が増えたので、日本では、カナダの緩和ケアが進んでいるという話をする専門家や政治家がおり、私は呆れかえっていたのですが、実際には、アメリカ国内で不正使用目的のオピオイド鎮痛薬が手に入りづらくなったので、簡単に国境を超えられ、チェックもなく、まだオピオイド鎮痛薬の単価が安く手に入りやすいカナダにアメリカから大量に買い付けに行くようになったのが、カナダのオピオイド鎮痛薬の消費量の急増の理由でした。
さらに、オピオイド鎮痛薬の価格が上がったのに反比例し、メキシコから大量に密輸されるヘロインの価格が相対的にとても安くなり、オピオイド鎮痛薬の依存・乱用者がヘロイン依存・乱用者となっていっています。驚くような話ですが、裏サイト的ネットでは、「宅配のピザよりも、ヘロインが早く御自宅に届けられます」という広告が出るというような状況にまでなっています。
トランプ政権が、アメリカ・メキシコ国境に壁を築くと言っていますが、これは不法移民の問題だけではなく、ヘロインの運び屋の越境を防ぐことが主な理由ですが、何故か日本では、このことは、そのように報道されていません。
一見極端な話のようにも見えるのですが、合衆国では、“働き盛り世代”(25歳から54歳)の男性の労働参加率が落ち込み、現在、主要国で最低水準になっています。その原因がオピオイド鎮痛薬の蔓延であるとも推測されており、ゴールドマンサックスの行った研究結果も、「オピオイドの蔓延は、働き盛り世代の労働参加の低下と絡み合っている」としています。つまり、“働き盛り世代”なのに働いていない男性700万人の約半分の350万人が鎮痛薬を日常的に使用し、その3分に2にあたる200万人がオピオイド鎮痛薬を日常的に使用しているのが現状と言われています。トランプ政権は、「合衆国におけるオピオイドの問題は、我々が今まで直面したことのない大問題だ」として、対策を政府主導で進めるために「国家非常事態」を宣言する用意があるとしました。

“合衆国全国保健福祉省 薬物乱用防止サービス局”は、処方されたオピオイド鎮痛薬の乱用者数は、2014年の段階で1,500万人であり、アルコール中毒・マリファナ中毒に次いで3番目に多いとされ、その大部分は、非がん性慢性疼痛患者に処方されたオピオイド鎮痛薬の、患者本人による乱用や、家族・友人による流用・使用であり、死亡者数は、30,000人/年以上と報告しています(Substance Abuse and Mental Health Service Administration. Prescription drug misuse and abuse.  www.samhsa.gov/prescription-drug-misuse-abuse.)。2016年のデータでは、42,000人がオピオイド鎮痛薬で亡くなっているということで、残念ながら改善の兆しはありません。

中国でのオピオイドに関する活動
余り知られていませんが、中国では、一級病院では疼痛科(ペインクリニック)の設置が義務付けられています。中国へは、ここ4~5年、毎年、講演に行っていますが、2017年は疼痛科が義務化されてから丁度10年ということで、人民大会党で10周年の記念式典が行われました。日本からは日本ペインクリニック学会理事長として私が、アメリカ合衆国からはIASP(世界疼痛学会)の理事長であるワシントン大学のJudith A. Turner教授が招かれました。私の講演は、日本におけるペインクリニックと緩和ケアの現状でしたが、Turner教授の講演は、今までのような「オピオイド鎮痛薬や他の鎮痛薬を積極的に使用しましょう」という内容ではなく、演題名「Opioid for Chronic Pain : Lessons Learned from the U.S. Experience」でした。その内容は、前述したようなアメリカにおけるオピオイド鎮痛薬による国家的大問題についてであり、これを“Opioid Crisis”や“disaster”という単語で表現するという、ある意味で反省を込めた謙虚なものであると同時に恐ろしい内容でした。その講演内容の概略は、①合衆国のオピオイドによる“危機”の詳細について、②他の国は、アメリカが経験したオピオイド鎮痛薬による非がん性慢性疼痛治療によって起こった“大災害”を決して、繰り返さないで欲しい、③アメリカで起こっているオピオイドによる“危機”は、痛みについての教育を増やすことを推奨する機会を我々に作ってくれた(裏返せば何も考えずにオピオイド鎮痛薬を処方していたということですが)、④慢性疼痛は様々な要素ー中枢神経作用、心理社会的、取り巻く環境要素などーの影響を受ける:よって治療を成功に導くには、これらを評価し、常に注意を向けておくことが必要である ⑤非オピオイドによる治療、運動療法、認知行動療法などによって“危機”は避けられるかもしれない。というものでした。私の誤訳があるといけませんので、主なスライドの原文は以下の通りです。

「”Directions for the Future” : ☆U.S. opioid crisis is global warning about negative consequences of widespread, indiscriminate, open-ended prescribing of opioids for CNCP. ☆Important to advocate for access to opioids for severe pain that is short-lived (e.g., after surgery, trauma) or due to cancer or at end of life. ☆Important to

Educate clinicians and patients that chronic pain is influenced by multiple factors, including CNS processes and psychosocial and environmental factors (biopsychosocial model) ; these need to be assessed and addressed for therapy to be successful. ☆U.S. opioid crisis creates opportunity for advocacy for increased education about pain access to expert chronic pain assessment and management services based on biopsychosocial, multidisciplinary approach. ☆Other countries may avoid disaster experienced in U.S., balancing appropriate use of opioids for indicated conditions with use of non-opioids therapies, including exercise and behavioral treatment, for CNCP.」

さらに、現在の日本で慢性疼痛に含まれて様々な薬の適応症をとっている線維筋痛症や慢性腰痛へのオピオイド鎮痛薬の処方を、アメリカ神経学会は使用禁止にしたとも話していました。遅きに失したとも思われますが、トランプ政権になってから、やっと政府を挙げて対策を始めたということです。
そして、オピオイド鎮痛薬の依存・乱用を如何に予防するかという点について、「様々な危険因子―今までにタバコやアルコール、薬剤の乱用既往があるか、また家族にそのような方がいるか等―、も定義されるようになり、早い段階での危険兆候を見つけるためのガイドラインを作り始めている」との事でした。しかし、本邦では、すでに2012年に日本ペインクリニック学会ガイドライン作成WGにより、日本語と英語で書かれて上梓された “非がん性慢性疼痛に対するオピオイド鎮痛薬処方ガイドライン”と2017年のその改訂版に、こういった予防法について詳述していました。(非がん性慢性疼痛に対するオピオイド鎮痛薬処方ガイドライン、日本ペインクリニック学会ガイドライン作成WG、真興交易(株)医書出版部2012.7 非がん性慢性疼痛に対するオピオイド鎮痛薬処方ガイドライン 改訂第2版.真興交易(株)医書出版部 2017.7)

オキシコドンからフェンタニル、ヘロインへ
このアメリカにおけるオピオイドクライシスの最初の頃に問題を引き起こしたのは、オキシコンチンでした。オキシコンチンには、徐放錠と速放剤があるのですが、現在、日本では、がん性疼痛のみの適応となっていますが、アメリカでは慢性疼痛にも適応があります。この徐放剤は、普通に服用すれば10時間くらいかけてゆっくり吸収されます。ところが、噛み砕いてそれを口に含んで水やときにはビールなどのアルコールで飲みこむと10分・20分位で吸収されてしまいます。こうすると、急激にオキシコンチンの血中濃度が上がってしまいます。オピオイド鎮痛薬や覚醒剤、ベンゾジアゼピン系薬剤に共通ですが、これらの薬剤の気持ち良さ、多幸感は、この血中濃度が上がる瞬間にピークがあります。ですから、こういった薬剤をアルコールで服用したり、注射で使用したり、大量使用するなどをすると簡単に依存になります。このため、かみ砕けない製剤(TR剤:タンバ―レジスタンス)が上市され、市場に出回り始めたら、オキシコンチンによる死亡者が激減したのです。丁度、その頃にフェンタニルが市場に出てくるようになりました。日本にあるフェンタニル貼付剤は、フェンタニルが抽出できない形になっていて、一応安全とされていますが、海外のインターネット等ではフェンタニル貼付剤からのフェンタニルの抽出方法が書かれています。このため、オキシコンチンに代わって、フェンタニルによる死亡者が右肩上がりになってきて、オキシコンチンに置き換わってしまいました。しかし、先ほども言いましたが、安価で簡単に手に入るヘロインがオピオイド鎮痛薬に置き換わってきているというのがアメリカの現状となっています。もともとは相対的にヘロインの値段も安いというわけではなかったのですが、日本と違い、アメリカの製薬会社は自由に自社の薬の値段をつけられます。日本では需要が増えれば価格が下げるというのが何となく当たり前ですが、アメリカでは、逆に需要の多い薬剤の値段を上げていきます。このような製薬会社のモラルハザードの中で、オバマケアを導入したために、ほとんどすべての薬剤が高騰しているのが、アメリの実情です。一部の日本人はマスコミ報道の影響もあり、オバマケアが日本の健康保険制度と同じもののように思っておられる方が多いのですが、とんでもありません。オピオイド鎮痛薬の処方が厳格になり、その価格も上がったため、相対的にヘロインの価格が安いと思われ、オピオイド鎮痛薬からヘロインを使う人が増えてきているというのが現状です。

2018年の1月に、NHKでも放映していましたが、アメリカのある町では、オピオイド鎮痛薬の使用量が極端に多く、依存症患者も当然極端に多く、妊婦さんの多くがオピオイド依存症になっており、生まれてくる子供がすでにオピオイド依存で生まれてきます。このため、この町の病院では、生まれてくる子供と母親の依存症治療の両方をしなくてはならないというような内容でした。中国がイギリスから大量にもたらされるアヘンで、アヘン中毒患者の激増に憂慮していた19世紀半ば、アメリカでは、モルヒネの依存症が蔓延し、その危険性は分かっていたはずと思うのですが、政治家や医療者は歴史を学んでいなかったのでしょうか。
幸い日本では、2010年にオピオイド鎮痛薬が非がん性慢性疼痛に適応となった頃、このような危険性を歴史的にも医学的にも理解していた冷静な医療者や施政者が多くいてくれたため、アメリカのような悲惨な状態にはなりませんでした。アメリカほどひどくはありませんが、似たような状況がオランダを始めとした多くのヨーロッパ諸国でも起こってしまっています。

~Question2~
加賀谷)

がん患者、非がん患者の疼痛治療におけるオピオイド鎮痛薬の適正使用のポイントについてお話し頂けますでしょうか。

細川)

まず、がん患者の疼痛治療に関して、大事なポイントがいくつかあります。
私は1983年に初めてがんの痛みを持つ患者さんに関わらせて頂いたのですが、その当時のがん患者の痛みと言うのは、ほとんどが「がんそのものの痛み」分かりやすく言えば「骨転移による痛み」とか「膵癌による腹痛」とかの、「①がんそのものが痛みの原因となっている痛み」でした。
WHOの三段階がん性疼痛治療法や日本緩和医療学会の“がん性疼痛に対する薬物治療法ガイドライン”は、この①がんそのものが原因となっている痛み、に対する薬物処方のガイドです。しかし、現在では、がん患者の5年生存率は平均でも62.1%(国立研究開発法人国立がん研究センターがん対策情報センター:最新がん統計:2012年データ)と非常に高くなってきています。乳がんでは91.1%、前立腺がんでは97.5%です。このことから、10年生存率でがん生存率を考えるという時代になっています。このため、②がん治療に伴う痛みというのが、がん患者に生じることが増えてきています。乳がん術後の遷延性創部痛がその一つです。乳房温存術でもかなり高い確率で、手術後半年ぐらい経過しても半分位の患者さんが痛みを持っていると言われています。肺がんの開胸術など同様で、胸部の手術後には痛みが残りやすいと言われています。

また、以前は貧血、骨髄抑制等の副作用などの副作用対策が上手く出来ずに有効に、また長期に出来なかった化学療法ですが、現在では副作用対策が出来るようになったことで長期に有効に治療ができるようになりました。そうすると今度、問題になってきたのが手や足に生じる感覚障害としびれ、痛みであるCIPN(Chemotherapy Induced Peripheral Neuropathy)です。これらが、②がん治療に伴う痛みです。この痛みにもオピオイド鎮痛薬が処方されるケースが増えています。
さらに、腰痛、関節痛などの運動器疼痛や帯状疱疹後神経痛などの、③がんと直接関係のない痛みを持つことの多い高齢者のがん患者も多いのが現状です。

このように、がん患者であっても、①がんそのものが原因となっている痛み、でない痛みをもつ患者が多くなっています。このような患者にも、痛みの専門家でないがん治療医や緩和ケア医から安易にオピオイド鎮痛薬が処方されるということが頻繁に起こっています。恥ずかしい話ですが、「医学大辞典」には、未だに、「がん性疼痛とは、がん患者が持つすべての痛み」と記されています。②がん治療に伴う痛み、③がんと直接関係のない痛みもがん性疼痛と考えて、WHO、緩和医療学会のガイドラインに準じて、①がんそのものによる痛みに対するのと同じようにレスキューを使ったオピオイド鎮痛薬の処方がされ、依存を生じることが頻繁に起こってきています。②、③の痛みに対するオピオイド鎮痛薬投与は慢性疼痛に対するオピオイド鎮痛薬の処方ガイドラインに則って行わねばならず、痛みがとれるまでのオピオイド鎮痛薬の安易な増量やレスキューは禁忌です。がん患者の痛みに関わる医療者は、最低でもこの①がんそのものが原因となっている痛み②がん治療に伴う痛み③がんと直接関係のない痛みの3つの痛み」を理解しておく必要があります。「リスクとは、本質的に知らないことを、さも知っているふりをして行動すること」という言葉をもう一度思い出してほしいと思います。

~Question3~
加賀谷)

がん患者の薬物依存に関連する診断はとても大切だと思いますが、薬物依存に対する診断の方法などがあればお聞かせください。

細川)
オピオイドの依存を疑う兆候には、
●さらに多くの処方量を要求する、●痛みがないにもかかわらず、多く処方されたオピオイド鎮痛薬を貯めこむ、●他の医療機関から同じオピオイド鎮痛薬を入手する、●指定された用量以上を勝手に服用する、●常軌を逸した行動をとることがある、などがあります。その中で最近注目されているケミカルコーピングについてお話します。少し話が逸れますが、西欧社会に比べ、契約社会でない日本には、日本語や日本文化の表現と同じで、イエスかノーか、または黒か白とならずにグレーの部分を残すと言う傾向、性癖があり、用語の定義があやふやです。医学用語と法学用語が特にいい加減と言われています。このため、用語の解釈が異なるまま議論が噛み合わないということが医学会では、しばしば起こります。日本医学会が何年も前にこれを整理すると言っておりましたが、最近やっとその委員会が出来たところです。

さて、話を戻してケミカルコーピングの定義ですが、日本緩和医療学会でも一度明確に定義しようとしたのですが、担当委員会の委員間でも、少しずつ認識が違っていて、確立された定義が今もできていない状態です。一般的には、「本来の鎮痛目的ではなく、不安、抑鬱、睡眠障害といった感情的な苦痛にオピオイド鎮痛薬を使用すること」と理解されています。依存(dependence)を呈するより前にケミカルコーピングを認めることがあり、適正な管理を行うことで、依存への移行を防ぐことができる可能性があります。

オピオイド鎮痛薬は、痛み止めですから、本来、鎮痛目的に使用するものです。歯の痛みにNSAIDsを使えばNSAIDsが効いている時には痛みは取れていて、薬が切れれば痛みが出てきます。つまり、鎮痛薬は本来の使用目的が、鎮痛というはっきりしたもののはずです。ところが、オピオイド鎮痛薬を鎮痛目的に使用しているにもかかわらず、その効果を患者さんに尋ねると「痛みはさほど変わらないけど、少しはマシかな」、「でも、これを飲んでいると不安はなくなる」、「気分が良くなる」、「よく眠れる」、「気持ち良い」、「だから継続して使いたい」、「続けて飲んでいたい」、などというような表現をし始めることがあります。こういった表現、つまり、痛みに効果があるというより鎮痛以外の目的でオピオイド鎮痛薬を使用していると「これはケミカルコーピングではないか。怪しいぞ」となるわけです。さらに進んで、「飲んでいないと居られない。もっと量が欲しい。」となってくると「これは依存では」ということになります。オピオイド鎮痛薬の使用中は、頻繁に患者と話をし、このような兆候が無いか、常に評価していなければなりません。

加賀谷)
ケミカルコーピングという言葉は定義が明確でないまま、ある意味普及してしまっていますよね。

細川)
その通りです。1つの目安として、上記の「本来の鎮痛目的ではなく、不安、抑鬱、睡眠障害といった感情的な苦痛にオピオイド鎮痛薬を使用すること」と考えていただければ、そう大きく外れることはないと思います。

加賀谷)
依存とケミカルコーピングの境目というのは多幸感と言うふうに考えられますか?

細川)
本人が、それを何となく意識し始める事が多いと思います。自分で薬が切れたことが痛みの有無ではなくて多幸感や安心感で自覚して、飲まずにはいられなくなっている。オピオイド鎮痛薬の突然の減量や休薬によって起こる退薬症状は生理的順応状態で、くしゃみ、動悸、鼻水、発汗、軽度の発熱など風邪に似た症状が出ることが多く、精神的には不安、うつ、不眠、無気力、せん妄などが出現します。これは、身体依存であり、正常な反応です。痛みは変わらないのに、不安、抑鬱、睡眠障害が良くなると言ってオピオイド鎮痛薬を使用しているとなればケミカルコーピングと認識し、さらに多幸感やそれに近い感覚が優位になってしまうというときには依存の危険信号だと判断しなければなりません。また患者のバックボーンに、お酒が大好きで毎日飲むとか、タバコが止められないとか、家族に物質(薬物・アルコール)依存の人がいるなどを上手く聞き取って、リスクの高い患者として、認識しておくことが大切と思います。

加賀谷)
日本ではケミカルコーピングという境界線のところの診断基準はあるのでしょうか?

細川)
“診断基準”とまで、言えるものはありません。

~Question4~
加賀谷)

がんサバイバーに関する薬物依存の問題についてお伺いしたいと思います。

細川)
厚労省を始めとして、様々な組織がそのデータを必要としていますが、症例報告以上には、その発症率や依存患者数などは掴みきれていません。
多くの人が、がんサバイバーは、文字通りの「生き残り」を意味するとして、「がんが完治して生き残った人」と思っています。しかし現在では、「がんと診断された瞬間から患者は、がんサバイバーとなり、抗がん治療を行っている間も、がん治療が終了した後もがんサバイバーであり続ける」というのが一般的な解釈とされています。一度がんと診断された方は生きている限り“がんサバイバー”なんです。がんサバイバーには、現在治療中の方もいれば、治療を終えて痛みも無くなり、がんも消失している方、化学療法中、化学療法後にCIPNで手足が痺れていたり、痛みがあったりする方、先述した乳がんや肺がんの遷延性術後痛のある方、こういった患者さんの痛み治療はその原因診断と、鎮痛薬、とくにオピオイド鎮痛薬の投与にはかなり専門的な知識と経験が必要で、慢性疼痛に対するオピオイド鎮痛薬の処方ガイドラインに基づいた処方が必要です。痛みがなかなか取れなくて、オピオイド鎮痛薬をどんどん増やしてしまったり、①がんそのものが原因となっている痛みと同様にレスキューを使用したり、処方量がどんどん増えてしまう。こういった感じで患者をオピオイド依存にしてしまうというケースが多々あるのです。その他の例として、胃がんの患者さんが、リンパ節転移で腹痛があってモルヒネを出したら良くなった。その後、今度は背中が痛くなったので、安易にこれも①がんそのものが原因となっている痛み、と判断し、オピオイド鎮痛薬を増量する。その背中の痛みは実は長期臥床に伴う筋肉痛であって、家人がマッサージすれば治るものだったというような症例は枚挙に遑がありません。がん患者ががんの痛みがあって、次にまたどこかが痛くなったら、全てが、①がんそのものが原因となっている痛みと判断してしまうことがよくあるということです。これは医原性のオピオイド依存を作ってしまうということになります。こういった事もがん性疼痛、がんサバイバーの痛みの治療の問題点です。痛みを何とかしてあげようと思って、“良かれと思ってやった”のにとの言い訳が使われますが、“悪かれ”と思って何かする人は犯罪であって、悪い結果を生んでしまったことの言い訳にはなりません。個人的にですが、何につけ、この言い訳をする人を私は好きではありません。

~Question5~
加賀谷)

眠りを知って快適な眠りを!
痛みを知って痛みをなくそう!というスローガンで活動している本法人の今後の活動に対するアドバイスをお伺いできればと存じます。

細川)
睡眠の質を向上していくということは痛みのケアにも大変重要です。昔は痛みの患者は痛くて寝られないことから快適な眠りがないと教えられました。ところが不眠学会などの研究報告で、睡眠不足や不眠は、痛みの閾値を下げるということが解っているのです。眠れないという事が先にあり、それが痛みの閾値を下げて痛みを強く感じさせてしまうのだとしたら、眠ると言う事は痛みの治療の1つであるという認識を持つことはとても大事なことだと思います。眠剤を飲むだけでなく、自然に近い睡眠を如何にとるかと言うことが大事です。そのためには、昼間に副作用で眠くなる薬を出して、昼間にウトウトして夜眠れないというようにはせず、それよりはむしろ軽い運動や外出を勧めたりする事も良いと思います。

最後になりますが、日本の場合、すぐに、では痛みの患者さんをほっといていいのかという話にすぐなります。慢性疼痛でも、オピオイド鎮痛薬を上手く使いながら、仕事が出来る程のレベルにまで痛みをとってあげている専門の先生も結構おられます。それは痛みの原因診断とオピオイド鎮痛薬を如何に正しく使うかという事をよくわかっているからこそできることです。一部のスペシャリストができるレベルを、日本中の全部の痛みを抱えている患者さんに施す事が出来ないという事実は素直に認め、安易に「良かれと思った」と言って痛みと鎮痛薬のことをよく知らない人がオピオイド鎮痛薬を使うリスクの方が全体としては大きな問題となってしまいます。一を助けて十を苦しめると言う結果になってしまう恐れがあるということです。そのためにも薬剤師の方々にも、痛み全体のこととオピオイド鎮痛薬の勉強と初心者への安全な使用方法の教育を「リスクとは、本質的に知らないことを、さも知っているふりをして行動すること」という言葉を思い出しながら、積極的に勉強、啓発、に邁進していって頂きたいと思います。

 

後記
ご多忙の中、対談にご出席いただき誠にありがとうございました。
今回は、医療用麻薬の適正使用の推進・普及啓発が進む中、一方では新たな課題として薬物依存・乱用などが、少しずつ本邦でも話題になってきております。
これまでの細川先生の緩和医療学会やペインクリニック学会での薬物乱用・薬物依存に対する取り組みや、これからの疼痛治療のあり方等についてご意見をお聞きしました。
最後に、細川先生の益々のご発展を祈念致します。そして、今後ともご指導をお願い申し上げます。

加賀谷肇 略歴
1975年3月 明治薬科大学薬学部製薬学科卒業
1975年4月 北里大学病院薬剤部入職
1999年3月 北里大学病院薬剤部退職
1999年4月 済生会横浜市南部病院薬剤部(副部長)入職
1999年10月 同 部長就任
2009年7月-2012年6月 公益社団法人神奈川県病院薬剤師会会長
2012年6月 済生会横浜市南部病院薬剤部退職
2012年7月 明治薬科大学臨床薬剤学研究室教授
2018年3月 明治薬科大学定年退職
2018年4月 一般社団法人 医薬品適正使用・乱用防止推進会議 副代表理事
2018年6月 日本緩和医療学会 監事