東北厚生局麻薬取締部長 髙橋 正 先生
対談担当者:鈴木 勉(一般社団法人 医薬品適正使用・乱用防止推進会議代表理事)
髙橋正先生のご略歴
昭和56年3月 大阪薬科大学 薬学部 卒業
昭和56年~ 厚生省入省
近畿地区麻薬取締官事務所 捜査第二課配属
神戸・大阪・東京の捜査部門勤務を経て、平成9年 四国地区麻薬取締官事務所 鑑定官
平成13年 ブラジル連邦 リオ・デジャネイロ州警察 カルロスエボリ科学捜査研究所へ専門家派遣
その後、九州厚生局麻薬取締部 小倉分室 情報官
厚生労働省医薬食品局監視指導・麻薬対策課薬事専門官
関東信越厚生局 麻薬取締部捜査企画情報課長
関東信越厚生局 麻薬取締部捜査第一課長
近畿厚生局 麻薬取締部捜査企画情報課長
関東信越厚生局 麻薬取締部調査総務課長
平成23年 九州厚生局 麻薬取締部 小倉分室長
平成24年 近畿厚生局 麻薬取締部 神戸分室長
平成28年~ 東北厚生局麻薬取締部長
平成31年4月1日より四国厚生支局 麻薬取締部 相談指導官・再乱用防止支援員
厚生労働省医薬食品局 監視指導 ・ 麻薬対策課により
「病院 ・ 診療所における麻薬管理マニュアル 平成 18 年 12 月」( http://www.mhlw.go.jp/bunya/iyakuhin/yakubuturanyou/dl/mayaku_kanri_01.pdf,2015 年 12 月 24 日 )( 麻薬管理マニュアル)において,患者自身が服用管理できると判断された場合,入院患者に必要最小限のオピオイドを自己管理させることは差し支えないことが明記された。このことに尽力されたのが、本日の対談をお願いした髙橋正先生であり、先生の業績であります。そこで、本日は医療用麻薬の管理と使用の現状についてお伺いしたいと思います。
~Question1~
鈴木)
最初に、我が国の規制医薬品の乱用状況について教えていただければと思います。
高橋)
医療用麻薬(オピオイド)に関しては、乱用はほとんど確認されておりません。
一部の医療関係者の間での乱用がたまに見られますが、一般に横流しされて乱用されるとい言う事はほとんどありません。
それは世界的に非常に稀なことで、我々のこれまでの管理・取締りが成功しているとい言う事だと思います。
一方、規制医薬品、向精神薬の中でも睡眠薬等の乱用は残念ながら確認されています。
入手経路としては、医療関係者から横流しされたり、流通経路の途中で盗まれたり、医者回りやカラーコピーにより偽造された処方せんを使い回して不正に入手している事例があり、そうして不正に入手した向精神薬が、SNSなどを通じてネット上でも売買されていることがあります。
また、ペンタゾシンなどの乱用はあまり見かけなくなりましたが、睡眠薬等の乱用は特に目立っており、凶悪事件の際に使われるなど、近年社会問題となっています。
~Question2~
鈴木)
我が国の医療用麻薬のがん性疼痛や慢性疼痛に対する使用状況をどのように考えておられますか?
高橋)
データ的には日本での麻薬消費量は増えているんです。
しかし、世界的に見ると欧米に比べて数十分の1であるというのが現状です。
これは元々日本の国民性と言いますすか…
やはり我慢強い国民だと言う事に起因していると思われますが、痛みが十分取れていない可能性があると思います。
ある病院などでは、量を少しずつしか増やさなかったことによりやっと痛みが取れた頃には患者が亡くなってしまうというケースや、痛みを抱えたまま亡くなってしまうといった残念な状況があると言うのはよく聞きます。
鈴木先生が開発に携わられたオピオイド用の便秘治療薬(ナルデメジン)などは、現場では結構使われていて患者が皆、とても喜んでいるんですね。
痛みは取れるが副作用として便秘と言うのはとても辛いものがあります。
このような薬の登場というのはとても画期的なことだと思います
~Question3~
鈴木)
医療用麻薬を処方するためには施用者免許が必要となりますが、医師の施用者免許の所得状況は如何でしょうか?
高橋)
全国的に増えてきていると思いますが、地域や県などによる差があると思います。
平成15年には全国で175,171名の麻薬施用者の方がいらっしゃいました。そして、平成28年には247,677人ですので70,000人ぐらい増加しているんです。データ的には増えていると思います。
東北地方のある県では18カ所のへき地診療所がありますが、12か所には麻薬施用者がいないと言う現状がありました。
そのうち1カ所で勤務されている医師に麻薬の施用は考えていないのかと聞いてみると「麻薬を使用せずに非麻薬で対応できる」という様な回答が返ってきたのですが、それは少し違うのではないかなぁと思いました。痛みの程度に合わせてきちんと対応するべきだと思います。
我々が一生懸命やってきた管理についての指導が、結局は面倒だということであれば自分たちの説明不足でもありますよね。
入院患者に自己管理をさせていて、もしも患者が麻薬を紛失した場合には事件性がなければ事故届けは必要ないと言うことにしているのですが、一部の医療関係者にはまだ伝わっていないというのが現状です。
~Question4~
鈴木)
病棟における患者自身の医療用麻薬の自己管理はどの程度徹底されているのでしょうか?
高橋)
数字的にはなかなか難しいのですが、平成18年から進んでいないというのが現状だと思います。
一方では自己管理を「しっかりやっていますよ」という病院に行って、アセスメントシートというものを見せて頂いたのですが、厳しすぎてそれに該当する患者が果たして居るのかどうかと思ってしまいました。
昨日の晩御飯も覚えていないような患者は、アセスメントシートなんてものは管理できないと思いますし、実行できないと思います。
ナースコールを押せば看護師はすぐに対応しますので患者に対してアセスメントシートなど必要はありませんというような門前払いの病院もあります。
その病院を見ると面白いのがレスキューをいつ使っているのかという事なんです。
毎日同じ時間に使っているんです。
検温の時間と定期的な回診などの時間などにレスキューを使用していて非常に使用回数も多いんです。
ですからベースの用量も足りないでしょうし、患者はレスキューが必要な時にナースコールを押してないんですね。
看護師が来て「痛いので薬をください」と言うことでレスキューを出すということになってるんです。
このような状況が山ほどあると感じました
多分患者にしてみれば辛い話になりますが、患者はナースが来てくれるまで多分我慢されているんだと思います。
痛いからといってナースコールをなかなか押すことができない患者さんがたくさんいるというのが現状です。
検温に来た看護師に「ちょっと痛いんで薬をください」と言うような流れになっていて、基本的にベースが足りていないということも感じました。
がん患者で痛い思いをされている方がは、お亡くなりになった場合、残された家族も痛がっている姿を見て最後を迎えます。
そして、その後の心の痛みと言うのも当然残ってしまうと思います。
ですから患者自身の痛みももちろんですが、ご家族の痛みと言うことも我々は注意しなくてはいけないと思っています。
~Question5~
鈴木)
がん患者が疼痛治療のために医療用麻薬を携帯して海外旅行することもできるように規制緩和されていますが、この制度が十分に知られていなようですので、ご説明をお願いいたします?
高橋)
麻薬の輸出・輸入というのは厚生労働大臣から免許を受けた業者いわゆる輸出業者・輸入業者、がその都度厚生労働大臣から許可を受けなければ行なうことができません。
ただし、例外規定として厚生労働大臣(地方厚生局長)から許可を受けて自己の疾病の治療の目的で麻薬を携帯して輸出入する場合には認められています。
それが麻薬携帯輸出入許可というものです。
例えば東北管内にご住所があったりとか、入院されていたりする方が医療用麻薬を海外に持ち出したい場合には麻薬取締部に申請していただければ許可できるという事になっています。
その場合には申請書と用法・用量等が記載されている医師の診断書が必要になります
海外に持ち出す時の輸出許可と、帰ってくる際に残薬を持ち込む場合には輸入許可というように許可を申請する際にはワンセットになるわけです。
東北管内ではこの申請数が非常に低調です。
実際に麻薬を持って海外に行く方がいらっしゃらないのかもしれませんが、許可の存在を知らずに無許可で海外へ持ち出していることがあれば、トラブルの元となりますので、ぜひ申請するよう徹底していただきたいと思います。その際には東北厚生局のホームページもしくは麻薬取締部のホームページなどを見て頂き、様式をダウンロードして申請して頂きたいと思います。
申請は渡航の約10日前までというようにお願いしていますが、渡航まで日数がない場合には必ず電話にて事前に連絡をお願いしております。窓口で相談頂ければ様々な状況に対応していけるような形をとっていきたいと思っています。
基本的には郵送でも出来ますので、無許可で持ち出すことがないよう、必ず申請をして頂きたいと思います。
~Question6~
鈴木)
麻薬の乱用防止教育は十分行われていると思われますが、それに対して医療用麻薬の適正使用の教育については殆ど行われていないと思われますが、今後どのように取り組むべきと思われますか?
高橋)
日本では、「ダメ。ゼッタイ。」教育が行なわれてきましたが、その教育の徹底によって日本は海外に比べ信じられない位クリーンで、街角で薬物乱用者が倒れていたりする事もない非常に安全な国であると思います。
それはすべて教育制度の賜物だと思います。
平成29年1月に内閣府より出された「がん対策に関する世論調査」の中で、「もしがんのために痛みが生じ、医師から医療用麻薬の使用を提案された場合、あなたは医療用麻薬を使用したいと思いますか?」という質問に答えたデータがあります。その中で、18歳から29歳の年代で使いたいと答えたのは21.5%なんです。それに対して70歳代の方は約半数が使いたいと答えているんです。その差は何なのでしょうか。そもそも逆のような気もします。
がん年齢に達した方達が使いたくないと言うのは分かるのですが、若者達があえて使いたくないというのはどういうことを物語っているのかと思ってしまうんです。
40代位までの若い世代の方で麻薬を使いたいと答えた人数が非常に少ないというのは、「ダメ。ゼッタイ。」教育が浸透しすぎたことが原因の一つにあるのかもしれません。
そのようなことも含めて、やはり医療用麻薬に対する誤解・偏見をなくすという教育も合わせて行わなければならないと思います。
小学校でも「がん教育」がスタートしたようですので、当然そこには「医療用麻薬は適切に使えば痛みがとれる良い薬である」と言う教育を合わせてやって頂きたいなと思います。
東北管内のある保健師さんが小学校でがん教育をされているんですね。
その方に、医療用麻薬で痛みを取りましょうという話を小学校でしていただいたところ、子供たちは感想文の中に医療用麻薬という言葉を書いているんです。
子供たちは大人が考えているよりもしっかりしています。
ですからきちんと教育していけば、もしも家族ががんなどになったら「医療用麻薬を使ったら痛みが取れるんだよ」ということをご家庭に帰って話ができるかもしれません。
ですから子供たちによって広がる世界というのが非常に期待できるかと思います。
覚せい剤などの我々が追いかけている違法薬物と医療用麻薬というのは全く違うもので、適切に使用すれば非常に安全なものであり、がんや慢性疼痛などの激しい痛みも取れるんだということをしっかりと教育する必要があると思います。
麻薬取締部は薬物の総合的な取締専門機関として、これからもしっかりとやっていきたいなと思います。
鈴木勉(すずきつとむ)プロフィール
◆1979年星薬科大学大学院博士課程修了、同大学助手、講師、助教授を経て、1999年教授、2015 年特任教授・名誉教授
◆1984-86年ミネソタ大学医学部および米国国立薬物乱用研究所研究員
◆2002年WHO薬物依存専門委員会委員、2013年厚労省薬事・食品衛生審議会指定薬物部会長、2015年麻薬・覚せい剤乱用防止センター理事等
◆日本薬理学会理事、日本アルコール薬物医学会理事長、日本緩和医療薬学会理事長等歴任
現職:星薬科大学特任教授・名誉教授