第11回 埼玉県立精神医療センター 副院長 成瀬暢也 先生
対談担当者:小島 尚(一般社団法人 医薬品適正使用・乱用防止推進会議 副代表理事)
成瀬暢也先生のご略歴
昭和61年3月 順天堂大学医学部卒業。
昭和61年4月 同大精神神経科入局。
平成 2年4月 埼玉県立精神保健総合センター開設と同時に勤務。
平成 7年4月 同センター依存症病棟に配属。
平成20年10月より 埼玉県立精神医療センター副病院長
(兼 埼玉県立精神保健福祉センター副センター長)
主な著書
「薬物依存症の回復支援ハンドブック」金剛出版
「誰にでもできる薬物依存症の診かた」中外医学社
「アルコール依存症治療革命」中外医学社
「ダルク 回復する依存者たち」明石書店(分担)
「依存と嗜癖」医学書院(分担)
「危険ドラッグ対応ハンドブック」日本精神科救急学会(編集・分担)
専門分野
薬物依存症・アルコール依存症、中毒性精神病の臨床
日本アルコール関連問題学会理事(第36回大会長)
関東甲信越アルコール関連問題学会理事(第1回大会長)
日本精神科救急学会代議員
日本アルコール・アディクション医学会代議員
厚生労働省指定薬物部会委員
厚生労働省依存性薬物検討会委員
埼玉ダルク理事
本日は、薬物乱用防止及び医薬品の適正使用に関するについて埼玉県立精神医療センター 副院長 成瀬暢也先生にお話を伺います。
先生は依存症治療専門医療機関の医師の立場から依存症の患者さんを数多く診察されてきました。
それらのご経験から、実際の診療の立場から医薬品の薬物乱用防止に関して、特に、ベンゾビアゾピン系(BZP)薬物などの鎮静薬に関連したお話を伺いたいと思います。
~Question1~
小島)
我が国における薬物乱用の中での医薬品乱用、ベンゾビアゾピン系(BZP)薬物などの鎮静薬の乱用実態の概要を伺います。
1.1.鎮静薬の乱用の概要について
成瀬)
我が国におけるこれまでの乱用薬物は、長年にわたって、精神科医療機関を受診した人の4割が覚せい剤、4割がシンナーなどの有機溶剤でした。
覚せい剤は依然として多くの人に乱用されていますが、シンナー、トルエンなどの有機溶剤の乱用者はどんどん減ってきました。その一方で増えてきたのはBZPなどの鎮静薬であり、一時的に危険ドラックが覚せい剤に迫るまでに急増しましたが、乱用者も逮捕されるようになったこと、売る側の規制が厳しくなったことなどから急速に減少しました。現在は覚せい剤と鎮静薬が2大問題薬物となっています。覚せい剤を除けば、全体的に「使っても捕まらない薬物」にシフトしてきています。
捕まらない薬物とは何か?それは、処方薬であり市販薬です。わざわざ、捕まる薬物に手を出す危険を冒すよりも、「捕まらずに気分をよくする薬物」に向かっています。そもそも治療手段として医療機関から処方されている薬物では、治療のために処方されたことが免罪符となり、「どうして悪いことなのか?」となります。例えば、睡眠薬を飲んでも眠れないから仕方なく強いものへ、鎮痛薬を飲んでも痛いのだから仕方なく強いものへと容易に量と回数が増え、種類が増えて結果として依存症になってしまいます。
私が勤務する埼玉県立精神医療センターは依存症専門治療機関であり、処方薬依存の患者さんは相当大量に飲むようになってから来院されますが、アルコール依存症や覚せい剤依存症の患者さんでも処方薬乱用・依存していることが少なくありません。覚せい剤だけを乱用する場合は稀であり、医薬品にも乱用・依存することが多いのです。昔はアルコール一筋、覚せい剤一筋という人がいましたが、今は何でも使うことが当たり前になっています。
1.2.鎮静薬乱用の背景について
成瀬)
手っ取り早く簡単に気分を変えるものに依存してしまうと、不快な状況に耐えられなくなります。依存症の一番の大きな問題は、「ストレスに弱くなり、ささいなストレスにも耐えられなくなること」であり、素面では当たり前のことができなくなってしまいます。待てなくなる、続かなくなる、すぐにあきらめる、すぐに切れる、小さなストレスに耐えられないのです。依存症患者が眠れなくなると、「すぐに眠れないと気が済まないから強い薬を出してほしい」、歯が痛くなると、「耐えられないからすぐに強い鎮痛薬を出してほしい」となります。それがだんだんエスカレートしてくる。つまり依存が進行していきます。BZPだけでは、まず死に至ることはありませんが、BZPとアルコールを一緒に摂取した場合などは生命の危険があります。さらに、意識障害下で嘔吐して吐瀉物がつまって窒息する場合もあり危険です。鎮静薬ではアルコールと同様にもうろうとして転倒や骨折などの事故を起こすことがしばしばあります。過量服薬して救急搬送を繰り返すため、救急医療でも問題となっています。
酒が飲めない人はいても、鎮静薬が飲めない人はまずいません。酒の代わりにBZPなどを朝から乱用します。アルコール依存症の主婦が酒を飲んで家事をやるように、鎮静薬でも同じようなことが起こります。アルコールとBZPは使われ方も似ています。
また、覚せい剤や危険ドラッグでは圧倒的に男性が多く、危険ドラッグの9割、覚せい剤の8割が男性です。しかし、BZPは男女半々で、女性の割合が高いのが特徴です。多くは、不安・不眠などの治療のため、内科や精神科で処方されたことがきっかけとなっています。
1.3.鎮静薬乱用に起因する問題について
成瀬)
もう一つの問題は意図的ではない薬物乱用(誤用)の問題です。高齢者の薬物問題です。例えば、高齢者では様々な症状があり、いくつもの診療科を受診します。心気的な訴えが多いと複数の診療科からエチゾラム(デパス®︎)などが処方されます。デパス®︎にはジェネリックが15種類ぐらいあります。そのため、薬局で気づいてもらえるといいのですが、家族が見ても同じ薬とはわからず、結果的に重複投与されていることがあります。「うちのおじいさん、最近、寝てばかりでおかしい、ふらついてばかりいる」となって気づかれます。知らないうちに薬物中毒を起こしているのです。
不眠に対しても安易に睡眠薬に頼りすぎると、睡眠薬なしでは眠れなくなります。また、BZPには筋弛緩作用の強いものがあり、アルコール酩酊者にみられる無防備な転倒と同じような危険な転倒が起こります。若い人の乱用が問題となっているように思われがちですが、高齢者のBZP処方によって起こる問題にも注意が必要です。このような意図しない乱用が、高齢者のADLを低下したり転倒したりすることがあるのです。「高齢になれば眠れないのは当たり前」と言って突き放すことはよくありませんが、安易な処方は注意しなければいけません。高齢者にとって不眠は重要な問題です。長く眠るためには体力が必要であり、年齢が上がるにしたがって睡眠時間は確実に短くなるからです。
1.4.鎮静薬乱用の背景となる睡眠について
成瀬)
高齢者の場合、不眠を訴える方の中には昼間に寝ている人が少なくありません。長く眠れないのは生理的なものであり、年齢によって適切な睡眠時間が異なります。70代でも若者のように7~8時間の睡眠が必要なのか、途中で目が覚めると睡眠薬を追加することが必要なのか。BZPに限らず薬だけで解決するものではないという考えが大切です。
世の中が便利で快適になると、人はすぐに解決しなければ気がすまなくなっています。世の中すべてが便利で快適になると、ストレスに耐えられない人が増え、すぐに楽になることを求めるようになります。そうすると、「生活を見直しましょう」と指導されても、薬をもらって手っ取り早く解決したいと考えるでしょう。治療者側も生活指導するよりも薬を出すことで早く終わりにできます。患者だけではなく、医療側の問題としても受け止めるべきです。
1.5.鎮静薬乱用による生活上の支障について
成瀬)飲酒して自動車を運転することに対しては随分厳しくなりましたが、BZPではアルコールのように匂いではわかりません。呼気検査もできません。しかしアルコールと同じように注意力が低下します。しかし、「BZPを飲んでいたら運転してはいけない」となると生活が成り立たない。病院に来ることもできなくなります。「薬を飲んだら運転は禁止」と言うことは簡単ですが、患者の生活を考えるとアルコールのように簡単にはいかないでしょう。
~Question2~
小島)
BZP系鎮静薬とともに非BZP系鎮静薬、Z系鎮静薬にも同じような問題があると考えまれますが、その実態について伺います。
2.1. Z系鎮静薬の概要について
成瀬)
臨床的にはZ系ドラッグでもBZP系と変わりはないと考えています。むしろ、ある面Z系のほうが問題かもしれません。たとえば、ゾルピデム(マイスリー)の依存で受診する患者さんはとても多いのです。ジェネリックが30種類もあることが人気の高さを示しています。
学会でも報告したのですが、ゾルピデムはとんでもなく「安全」かもしれません。何が「安全」かというと、現在、1か所の医療機関で最大で10mg錠を30錠しか処方できませんが、1日100錠飲んで仕事をしている患者さんが実際にいるのです。患者さんは数か所から数十か所の医療機関を回ってマイスリーを集めます。彼らは寝るために飲んでいるわけではありません。多幸感があるという人もいますが、不安をなくして活動するために飲みます。飲まずには働けません。飲まずには過ごせません。しかし、あっという間に1錠が100錠に増加する点では非常に危険な薬とも言えます。今までのBZPにはない問題点です。皮肉ですが「安心して乱用できるクスリ」となっています。ただし、人によっては1日4~5か所の医療機関を回らなければならず、仕事に行っているか薬をもらいに行っているかで1日が終わってしまいます。お盆や正月に入手できずに離脱症状でけいれん発作を起こす人もいます。
気分が変わる医薬品は、すべて依存性があると言えるのではないでしょうか。切れ味がよいもの、効いたと感じるもの、on-offがはっきりしているもの、さらには、効き目の良いものほど期待度も高くはまりやすいのです。
2.2. 日本における鎮静薬乱用の特徴について
成瀬)
海外では違法薬物が「当たり前」に使われています。例えば、違法薬物の生涯経験率は、欧米では40%前後であるのに対し、日本ではわずか2.5%と言われています。日本人は違法薬物にアレルギーを持っていて、「違法薬物の使用は犯罪だ、乱用することはけしからん」となります。安易に手を出しにくい点はいいことです。わが国は奇跡的に薬物汚染の少ないクリーンな国なのです。ただし、「ダメ。ゼッタイ。」と言っているのに違法薬物に手を出した人は激しくバッシングされます。このことは、依存症になった人が治療につながらない大きな原因でもあります。依存症は病気ですから、本来バッシングするのではなく、治療や支援が必要です。しかし、治療や支援につながることができずに孤立してしまいます。そのため薬物依存は進行してしまい、結果として「再犯」となり刑務所を出たり入ったりすることが繰り返されます。覚せい剤の再犯率が60%にも及ぶのはそのためです。
違法か否かを重視する日本人の考え方からすると、捕まらない薬物があれば爆発的に乱用される可能性があります。その例が危険ドラッグです。あれだけ爆発的に広がったのも日本だからでしょう。また、欧州では違法薬物であっても個人が使う分には厳しく罰しません。非犯罪化、非刑罰化が広がっています。
一方、日本では違法薬物を使うことはけしからんと社会が思っているし、乱用者自身もそのように思っています。医療者は「依存症はコントロールできない病気です」と説明するのですが、実際にアルコール依存症の人がお酒を飲んだ場合、専門医療機関のスタッフさえも「なんで飲んだのか」と責めてしまいがちです。このことは「依存症は病気」とは思っていないことの表れであり、病者への対応ではありません。例えば、うつ病の患者さんが元気がないのをみて、「なんで元気ないのだ!」と責めることはありません。依存症の患者さんは止めようと思っていても使ってしまう、それが症状なのに医療者が患者を責めて突き放す。このようなことがまだまだ現実には起きています。依存症が正しく理解されていません。
日本では捕まらないクスリがはやります。日本人は順法精神が高い、その象徴がBZP乱用・依存です。近年、BZPに対して様々な規制がされ、取り扱いが厳しくなってきました、これからは鎮痛薬、特にオピオイド系鎮痛薬に向かうのではないかと思っています。
~Question3~
小島)
鎮静薬乱用には海外では見られない日本独特の問題についてお話し頂きました。次に懸念されるオピオイド系鎮痛薬の乱用の可能性について伺います。
3.1. オピオイド系鎮痛薬の懸念について
成瀬)
これまで、オピオイド系鎮痛薬はがん性疼痛に限られていましたが、慢性疼痛にも使えるようになりました。フェンタニルもその保険適応になっており、強オピオイド系鎮痛薬が慢性疼痛の保険適応になったことは、これまでの枠組みが外れたと言えます。また、整形外科を中心にトラムセットが大量に処方されています、オピオイド系鎮痛薬への精神的な閾値がすごく低くなっています。
もう一つはがん患者におけるオピオイド系鎮痛薬の問題です。これまで、オピオイド系鎮痛薬は末期のがん患者を中心に出されていましたが、近年は早い段階から処方され、サバイバーの人が寛解しても、オピオイド依存が残ってしまうことがあります。多幸感がすべての人に起こるわけではありませんが、依存が形成され止められなくなっている場合があります。しかし、オピオイド系鎮痛薬を止められないからといって、うちの様な医療機関に来られることはまだまだ少数です。オピオイド系鎮痛薬は必要なものとして長期間、処方される可能性があります。昔は痛くても我慢だと考えられてきましたが、近年は痛みを耐えさせることが倫理的に問題であるという考えに変わってきています。
3.2. 捕まらない薬物となるオピオイド系鎮痛薬について
小島)
捕まらない薬物の視点からオピオイド系鎮痛薬の乱用は大いに心配されますね。
成瀬)
がん性疼痛や慢性疼痛の場合以外では、咳止め薬があります。咳止め薬には、弱オピオイドのコデインが含まれています。他にもエフェドリンなども入っており、いったん依存になったら止めることは本当に厄介です。市販薬であるから簡単に買えることもその一因です。オピオイド系鎮痛薬、特に強オピオイドが慢性疼痛に出されるようになると、年間数万人が死亡している米国ほどではないにしてもとても危険です。
女性では生理痛と頭痛に対して市販の鎮痛薬を飲んでいる人が多いのですが、この先、オピオイド系鎮痛薬が容易に使えるとなるといっぺんに広がる可能性があります。社会が不快な状態を耐えること自体をナンセンスと捉えられるようになっており、「便利で快適」、「すぐに問題を解決したい」、「手っ取り早く不快な症状をとるため」、薬に求める傾向が今後さらに強くなるでしょう。すべて薬で解決しようとすることが、一部の依存症の人だけではなく、国民全体にシフトしていくのではないかと思います。オピオイド系鎮痛薬に対して日本はアレルギーが強い国の代表でした。しかし、捕まらないというと点では一気に拡大する可能性を考えておく必要があります。
~Question4~
小島)
鎮静薬などの医薬品の乱用した患者さんでは、覚せい剤乱用などの患者さんと同様に治療が行われると思いますが、医薬品乱用の患者さんに対する治療について伺います。
4.1. 医薬品乱用の治療の概要について
成瀬)
依存が出来上がってからの治療は本当に大変です。ある患者さんはBZPだけでも10種類、それも4週間分の薬を出すと2週間で全部飲み、2週間分を処方すると1週間で全部飲んでしまいます。それが当たり前になってしまう。うちで出さなければ他の医療機関に行って処方してもらうわけです。そのような患者さんには乱用していても薬を出しています。いっぺんにクスリを止めることはできませんから、クスリを出しながら治療関係を作っていきます。その際、「もうやめるように」「飲みすぎてはだめだぞ」などと責めることはありません。それは、依存症の症状だからです。自分でどうにかできないために受診している患者さんに、「やめろ」ということは、自分でどうにかしなさいと言っていることになります。患者さんは「やはり自分のがまんが足りないのだ」と誤解するでしょう。そして過量服薬したら失敗したと思い受診できなくなるでしょう。時間をかけて治療関係を作り、動機付けをしていくことが大切です。「ダメ!」と言ってクスリを止められる人は依存症ではありません。
信頼関係づくりと治療の動機づけを重視するのは、このことをきちんとやらないで、いたずらにプログラムにつないでも続かないからです。治療プログラムは集団で行うことが多く、自助グループのようなミーティング形式のものと認知行動療法の要素を取り入れたワークブックを使うもの、それに講義形式のものなどが中心になっています。その他、入院治療やデイケアでは運動療法、作業療法、SST (Social Skills Training、社会生活技能訓練)、内観療法、レクリエーションなども行われています。ただ、重要なのは知識や技術よりも、安心して正直な思いを話せるようになること、心を開けるようになることであると思っています。孤立していては回復することはできません。そのためには、治療から脱落しないことがとても重要です。依存症は慢性疾患ですので、治療につながっていることが転帰をよくします。
4.2. 薬物依存症患者の特徴について
成瀬)
それには、先にお話ししましたように動機付けが大切です。そのための良好な治療関係を作ることに尽きると思います。良好な関係を作らずに治療プログラムがどうのといっても始まりません。まず、治療関係を作る、本人の中にも「飲みたい、使いたい」という気持ちとともに、「このままではいけない、何とかしたい」という気持ちがあるからこそ、医療機関に来てくれています。困っているから来ています。クスリが欲しいだけなら、クリニックを順番に回ってクスリを集め、うちのような医療機関には来ないでしょう。
初めて外来に来た時、家族は「こんなにひどい」と私の前で患者さんを責めたてる。責められるだけなら、病院なんかに来たくないと思うでしょう。しかし、一対一できちんと向き合って話を聞くと「本当は止めたいです」と言います。このような患者さんの健康の面に働きかけます。わざわざ外来に来るということは評価すべき行為です。患者はストレスに弱くなり、当たり前のことができなくなっていますから、約束の日の約束の時間に来るということは奇跡みたいなものです。外来に来ようと思っても、寝坊する、動けない、家を出たが財布を忘れて取りに帰る、電車に乗ったら乗り過ごす、このようなことが患者さんには当たり前にみられます。また、受診自体、彼らにとっては大きなストレスになっています。それでも何時間かかっても病院の外来にたどり着いたということは、本人の何とかしたい気持ちの現れであり、来院したことを大いに評価すべきです。それを知らないと、「予約の時間は過ぎているから帰ってください」という対応となり、患者はもう二度と来られなくなります。私は極力窓口を広げ、「ようこそ」という思いで患者さんが来てくれることを待っています。患者さんは、「クスリを飲んで失敗してしまったらもう病院には行けない、飲みすぎたらもういけない」と思ってしまいます。「どうせ自分なんて」と思います、孤独です、頼るものがない。頼れるものは薬しかありません。
依存症患者は信頼関係を誰とも持てていません。幼少期からの虐待、いじめ、性被害などいろいろ深く傷つけられた体験、が原因となっています。「人を信じてはいけない」と一人で頑張ってきた人、本音を言えず人にSOSを出せない人が、「孤独な自己治療」として薬を使って生き延びてきたと言えます。依存症患者はひどく傷ついている人が多く、それを誰にも言えず自分の内に秘めています。たとえば、幼少期に身近な大人から性被害にあったことを母親に言ったら、「何言っているの」、「ばかなことを言うんじゃない」と取り合ってもらえなかった。「話してはいけないのだ」と思うでしょう。そんな人が行き詰った時に、人に頼れず、酒や薬物に酔って紛らわして一人で生き延びてきた。その結果、依存症になった。依存症だけではなく、摂食障害もあり、パニック障害もあり、気分障害もあり、いろいろな症状を合併している。表に出ているのがたまたま薬の問題であるということだと思います。
薬物依存症の人は「だらしない、いい加減だ」と批判されますが、本来は本当に真面目で、頑張り屋で、頑張らなければいけないと思っている、自信がないから完璧主義で、そんな頑張り方したら心身ともにもたないような頑張り方しかできない。それをカバーするためにドーピングをしながら生きてきたようなものです。彼らは総じて人間関係に不器用ですから、人に助けを求められない、自分なりの方法でしかストレスに対処できない。要するに、依存症の人がクスリを使うのは、「人に癒されず生きにくさを抱えた人の孤独な自己治療」という見方が最も適切であると考えています。
4.3. 薬物乱用の治療の実際について
成瀬)
うちの外来は「ようこそ外来」と称して、来てくれた人をスタッフみんなで歓迎します。そして、覚せい剤の使用については通報しないことを最初に保証します。正直に話してくれたことを評価します。「よく話してくれましたね、そんな思いを持っていたらさぞ大変でしたね、死にたいと思ったことはありませんか」と問いかけると、「何回も自殺をしようとしましたが、死に切れませんでした」という答えが日常的に返ってきます。「今日、ここにきてもらえてよかった、ここは何でも話していい場所ですよ、薬物を使ったら使ったことを話してください。止めようと思っても止められないのは依存症の症状です。一緒に考えていきましょう」と伝えます。患者さんは自分を理解してくれるよりどころを強く求めています。みんなから相手にされずに門前払いをされてきた人であればなおさら、歓迎の意を伝え丁寧に傷つけない対応を心がけます。
依存症患者さんの多くに、「自分に自信が持てない」、「人を信じられない」、「本音を言えない」、「見捨てられる不安が強い」、「孤独でさみしい」、「自分を大切にできない」などの特徴があります。治療者・支援者はそのことを理解して関わることが大切です。いい治療関係ができてくると、特別なプログラムを行わなくとも薬物を手放していけるようになります。
4.4. 薬物乱用に至ったきっかけについて
成瀬)
薬物依存になるのは生きづらさを抱えてきた中で、どこかで薬物と出会って癒された経験がある。それが薬物に向かわせるのでしょう。ギャンブル障害の人もたまたま大勝ちしたことからはまっていく。ギャンブルをやっているときは悩みません。勝つか負けるかに酔っています。でも、ギャンブルが終わった時、酔いから覚めた時、あるいは薬物が切れた時、いずれの場合でも現実がさらに苦しくなって戻ってくる。だから素面でいることができなくなっている。はじめにクスリを使っているときはいいのですが、耐性ができるので効かなくなり、使用量を増やすけれど、最初のころの快感は得られなくなります。
当センターの外来でのアンケート調査では、快感を求めて飲酒・薬物使用している人は3割に満たず、苦しさを紛らわすために飲酒・薬物使用している人が6割でした。最初は好奇心や快感を求めてかもしれませんが、依存症になって長い人ほどクスリが手放せなくなり、荒海の中の最後の浮き輪になっています。人を信じられない人の最後の命綱です。荒海で浮き輪につかまって何とか生きようとしている人に対して、「酒を止めなさい、薬物を止めなさい」と強要します。周囲は浮き輪を取り上げようとするわけです、患者さんは必死に浮き輪にしがみつくでしょう。それを、「けしからん!」と責めるのではなく、自ら浮き輪を手放してくれるように、こちらを信用してもらえることが不可欠です。
4.5. 薬物乱用からの離脱について
成瀬)
人から癒されること、人からの癒しです。そのようなものがなく、酒や薬物に酔ってやっと生きている人の「生きにくさ」に原因があります。依存症からの回復に最も大事なものは「安心できる居場所」と「信頼できる仲間」です。これが揃って初めて「人に癒される」のであり、自助グループとか、ダルクとかはまさにそれを提供しているのです。依存症の人は、自分はダメだと思っている。社会は、人間失格、犯罪者、ヤクチュウなどとまともに見てはくれない。そのような批判的で偏見にまみれた見方をされず、「仲間」として受け入れてくれる場所が必要です。世間からバッシングされる社会で回復することは極めて難しいのです。有名人に対するバッシングを見るにつけ、社会の依存症に対する正しい理解が不可欠であることを痛感しています。
~Question5~
小島)
医薬品乱用から発症した依存症の治療についてお話し頂きました。今後このような患者さんを一人でも出さないために何が求められるか伺います。
成瀬)
依存症になってからの治療は大変ですが、その原因は安易に依存性薬物を処方することにあります。医薬品の利益を得ている人はたくさんいる前提で、依存症を作らないために言えることは、十分な診察をせず、他の代替法を試さず、薬を出すだけではいけないということです。最大の防止策は、薬物依存を生み出さない予防です。そのためには、医療者が、薬物依存になりやすい人と薬のリスクを十分周知しておくことです。社会が安易に気分を変えることに向いています。今世の中は、便利で快適な社会に向かって日々ものすごい勢いで進んでいますが、それが進めば進むほど人間関係は煩わしいものとなるでしょう。インターネット・ゲームの問題なども含めて、今後、わが国は人間関係が希薄になり孤立して、「依存症社会」へと突き進むでしょう。だからこそ、良好な人間関係の大切さをあらためて意識していくことが不可欠であると考えています。信頼関係に基づいた人と人との心につながりが、人が癒され幸せに生きていく上で最も必要であることを臨床現場にいて実感しています。結局、依存症は人間関係の問題であり、回復とは信頼関係を築いていくことなのです。
対談後記:
今日は貴重なお話をいただきありがとうございました。
依存症の患者さんが抱える苦しさを見ずに、本当の治療はできないことを痛感しました。また、患者さんの背景を真に理解することが、乱用による病者であり、必要なことを社会が正しく、特に、医師を含めた医療者全体がもっとも認識しなければなりません。
しかし、最も有効な医薬品による薬物依存の防止には、精神作用を有する薬物には依存症を引き起こす可能性があり、BZPやZ系鎮静薬のみならず、今後、乱用の懸念があるオピオイド系鎮痛薬では医師だけではなく、薬剤師などを含めた医療者が、その医薬品の持つ有用性と危険性を正確に知ることが第一歩と考えます。
成瀬先生の「ようこそ外来」的な治療が当たりまえとなる社会を強く期待するとともに、医薬品の適正使用により薬物依存を防止するように我々もそれぞれの立場で努めたいと思います。
最後に、先生の一層のご活躍を祈念させていただきます。
引用文献および参考資料
成瀬暢也:薬物依存症の回復支援ハンドブック. 金剛出版
成瀬暢也:誰にでもできる薬物依存症の診かた. 中外医学社
成瀬暢也:処方薬依存に陥る心理. こころの科学, 203:47-52,2019
成瀬暢也:病としての依存と嗜癖. こころの科学, 182:17-21,2015
成瀬暢也:オピオイド依存に陥った慢性疼痛患者の対応. ペインクリニック, 39:1591-1602,2018