第12回 埼玉医科大学国際医療センター 精神腫瘍科 教授 大西秀樹 先生

対談担当者:加賀谷 肇(一般社団法人 医薬品適正使用・乱用防止推進会議 副代表理事)

大西秀樹先生のご略歴

埼玉医科大学国際医療センター 精神腫瘍科 教授
専門分野:
サイコオンコロジー(精神腫瘍学)
リエゾン精神医学
最終学歴 :
横浜市立大学大学院医学研究科 精神医学専攻
略歴 :
藤沢病院
横浜市立大学精神科講師
神奈川県立がんセンター精神科部長
埼玉医科大学精神腫瘍科教授
埼玉医科大学国際医療センター 精神腫瘍科教授
現在に至る
認定医・指導医情報:
精神保健指定医
日本精神神経学会専門医

今回の対談は、柱の1つである「痛みの緩和に対する正しい知識の啓発」について精神腫瘍科領域の第一人者でいらっしゃる大西秀樹先生をお迎えして、主に心の痛みや精神腫瘍領域、遺族外来の現状や超高齢化社会や国民の2人に1人ががんに罹る時代を迎えどう対応すべきかを先生にQuestionに対しお応えをお願いいたします。

~Question1~
加賀谷)
最初にサイコオンコロジーとはどのような学問(活動)領域で、その歴史や先生ご自身がこの領域に進まれようと志したきっかけや、思いについてお話し頂けないでしょうか。

大西)
(サイコオンコロジーとは)
がんの告知が進んできた1970年代のアメリカで生まれた学問です。がんに罹患したことによる心の問題、そしてその問題への対応について研究する学問、臨床領域です。日本では、告知が始まった1980年代より始まっています。
がん治療の進歩とともに患者さんの抱える悩みも複雑になっているので、それに対応して進歩しています。
サイコオンコロジー学会がおおもとの学会ですが、わが国の会員数は2000人ほどいます。これは世界最大です。

(この領域に入ったきっかけ)
医学部に入ったとき、終末期の人の役に立てればと思っていたのですが、精神科に入ったので、それは無いと思っていました。

私は学位が遺伝子工学です。留学はカリフォルニア大学サンディエゴ校薬理学教室でした。大学院を終えて、外の病院で研修して大学に戻って来た医者10年目の時、婦人科の先生からがん患者を診てほしいと頼まれて診察したのが最初です。こんなに大変な患者さんがいるんだと思いました。そのうち、多くの患者さんを頼まれてみるようになり、こちらが本職になったんです。そうしているうち、患者さんの家族が辛そうだから診察してほしいと頼まれ、診察したところかなりつらい状態になっていて、これも大変なことだと思いました。その人は自分が乳がんで手術したばかりという事実を隠して、終末期の夫の看病をしていたのです。その後、遺族になっても診察を継続したので、遺族を診るようになりました。

その後、神奈川県立がんセンター緩和ケア病棟で主治医として働く機会があり、終末期の人に数多く診察する機会が出てきました。
その後、埼玉医大に来て、現在に至ります。

~Question2~
加賀谷)
シシリー・ソンダース先生のトータルペインの考え方においてスピリチュアルな痛みについて患者さんや家族の感じ方と医療者の感じ方に違いがあるのでしょうか。

大西)
患者、家族、医療者では差があると思います。なぜなら、患者さんは1人称、家族は2人称、医療者は3人称で感じているからです。それを知っておくことが重要です。「あなたの気持ちは分かる」わけはないことを念頭において話を聴いていると、2.5人称ぐらいの距離でかかわることが出来ます。

それが私たち医療者の目標とするところかなと思います。

~Question3~
加賀谷)
大西先生は現在遺族外来を開設され20年近く診療されておりますが、この遺族外来という診療科目の歴史やその必要性について、先生の著書「遺族外来―大切な人を失っても」のご紹介も含めて解説をお願いいたします。

大西)
「遺族外来」は埼玉医大国際医療センターが開院した2007年に設立しました。私はがんセンター所属なので、がんで愛する人を亡くした人を対象として診察しています。
今までに350名の方が来院されました。女性が8割で、当院以外で死亡した患者さんの遺族が8割です。
関東はもちろんのこと、東北、中部地方から来院する遺族もいます。診察時間は15分程度しかありませんが、周囲に話せないことを話す良い機会だと話してくれるので、遺族の方々は本当に苦労されているのだなと実感します。

私の著書「遺族外来―大切な人を失っても」はそこでの出来事をまとめたものです。
遺族の悲しみとそこからの再出発がテーマです。ただ、再出発までにはいろいろあります。周囲の言葉で傷ついてしまったり、遺族を罵倒するような人もいました。調停や裁判になることも少なくありませんので、それも書きました。しかし、そんな辛い状況にあっても、再び新しい人生を切り開いてゆくのです。人間は辛い出来事に遭遇しても新しい世界に適応する力があるということを知ったのは、自分の人生において大きな力となりました。それを伝えてゆきたいと思います。

~Question4~
加賀谷)
がんに罹るということは、もちろんご本人の精神的・肉体的辛さがあると思いますが、そのご家族の辛さというもがあると思います。
そのご家族への対応について医療者としてというよりも人としてどのように対応するのがよいか、先生のこれまでのご経験や著著の中のエピソードなどを交えてお話いただけないでしょうか。

大西)
家族も患者同様精神的、肉体的に辛い思いをしています。

なぜ、家族の診療に重点を置いているかと言うと、最初に診察した家族が、自分自身が乳がんで手術したばかりであることを隠して、胃がん末期である夫の看病をしていたのです。家族は「自分のことは言うべきではない。」と考えて伝えていなかったのですが、様子がおかしいことに気がついた看護師さんからの依頼で診察したところ判明したのです。それ以来、家族の診察にも力を入れています。

家族の現状ですが、うつ病が3割程度に認められ、不眠、医療費増加なども身体面の問題として認められます。看病で辛くなって食べられなくなり、チアミン欠乏になった家族もいたぐらいです。

がんの治療は、体調によって変更されることが多いので、失業してしまう人も少なくありません。
ですから、家族は「第2の患者」と呼ばれ、治療とケアの対象です。
ただ、こんなに苦しんでいるのに、家族は「忙しい医療従事者に自分のことを伝えてはいけない」と思っていることが多いのが現状です。

人として行なうことは、「話を聴く」ことです。これが最善の方法です。ただ、聴き方にはコツがあります。先入観を入れず、批判もせず、ただ聴いてください。そうすると、家族が何に悩んでいるのかが見えてきます。聴いてもらえたと実感するだけで精神的に元気になる人がいることも覚えておいてください。
聞いても現状は変わらないことが多いのですが、本人の病気に対するとらえ方が変わることがあります。
それで問題が解決の方向へ進むこともあります。

~Question5~
加賀谷)
最近、まだ定義は明確でないままケミカル・コーピングの症例提示が学会などで話題になります。精神腫瘍科領域ではこのケミカル・コーピングについてはどのように捉えられているのでしょうか。

大西)
確かに定義はありませんが、臨床的にこの人はケミカル・コーピングに相当すると思われる患者さんには遭遇します。

例を挙げると、「痛くなると不安だからあらかじめオピオイドを入れておきたい」と訴える、00分、30分など規則正しい時間でレスキューを要望する、日中は頻回にレスキューを要求するのに、夜間ではほとんどなく、レスキュー回数に有意差が出るなどがあります。

フェンタニルを大量に使っている患者さんで、レスキューの使用が昼と夜で違いすぎるので、少しずつ減らしてゼロにしたこともあります。

様々なパターンがあると思うので、症例を蓄積して臨床症状を明らかにするのが良いと思います。

~Question6~
加賀谷)
本法人の今後の活動や、方向について何かアドバイスを頂けないでしょうか。

大西)
「医薬品適正使用の推進、薬物の乱用防止の推進、痛みの緩和に対する正しい知識の啓発の三本柱にしている」のは、今後の日本の医療を考える上でとても重要だと思います。

がん医療の現場で精神科医をしていますと、多剤併用による弊害(せん妄、転倒)、抗不安薬・睡眠薬の漫然とした投与による精神的依存、医療者側にオピオイドの知識が足りていないことから痛みに苦しむ患者さんが数多くいます。

三本柱の普及啓発は医療界にとって急務です。益々のご発展を期待しています。

加賀谷肇 略歴
1975年3月 明治薬科大学薬学部製薬学科卒業
1975年4月 北里大学病院薬剤部入職
1999年3月 北里大学病院薬剤部退職
1999年4月 済生会横浜市南部病院薬剤部入職
(2009年7月-2012年6月 公益社団法人神奈川県病院薬剤師会会長)
2012年6月 済生会横浜市南部病院薬剤部長退職
2012年7月 明治薬科大学臨床薬剤学研究室教授
2018年3月 明治薬科大学定年退職
2018年4月 一般社団法人 医薬品適正使用・乱用防止推進会議 副代表理事
2019年6月 湘南医療大学 特任教授
日本緩和医療薬学会 監事、 日本緩和医療学会 監事